田中英光の生涯と代表作
巨体に抱えた青春の傷
- 生没
- 1913–1949
- 出身
- 東京都
- 文学史
- 無頼派
- Wikipedia
- Wikipedia
略歴
1913年(大正2年)、東京赤坂に生まれる。早稲田大学在学中の1932年(昭和7年)、ボート選手としてロサンゼルス五輪に出場した。その遠征の日々を淡い初恋の記憶とともに描いた「オリンポスの果実」で世に知られる。太宰治に師事して無頼派の一人に数えられ、戦後は共産党への入党と離党、酒と睡眠薬におぼれる荒廃した生活を作品に書きつけた。1949年(昭和24年)、三鷹の禅林寺にある太宰の墓前で手首を切り、36歳で自ら命を絶った。「オリンポスの果実」は1940年に「文学界」に発表され、池谷信三郎賞を受けた。戦後の荒廃を描く作品とは異なる、若い日の気後れや憧れを捉えた青春小説でもある。
収録作品
- オリンポスの果実 1940年(昭和15年)9月