峠三吉の生涯と代表作
にんげんをかえせ
- 生没
- 1917–1953
- 出身
- 大阪府
- Wikipedia
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略歴
1917年(大正6年)、大阪府豊中市に生まれ、広島で育つ。幼いころから病弱で、広島商業学校卒業後に肺結核を発病し、入院と療養を繰り返しながら短歌・俳句・詩を書いた。1945年8月6日、広島の自宅で被爆。以後、みずからも原爆症に苦しみながら平和運動と詩作にうちこみ、「ちちをかえせ ははをかえせ」の序で知られる「原爆詩集」を1951年に自費出版した。朝鮮戦争のもとで再び核兵器が使われることへの危機感も、その執筆の背景にあった。原爆の惨状を告発した最初期の詩集として、その言葉はいまも広島平和記念公園の碑に刻まれている。被爆の瞬間からその後の生活までを、多くの人々の姿を通じて描いた。原爆の証言だけでなく、平和を求める文化活動や若い書き手との詩の活動にも力を注いだ。1953年(昭和28年)、手術中に36歳で死去。
収録作品
- 原爆詩集 1951年(昭和26年)9月