ワルラスの生涯と代表作
- 生没
- 1834–1910
- 出身
- フランス
- Wikipedia
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略歴
1834年、フランス北西部ノルマンディー地方のエヴルーで、経済学者オーギュスト・ワルラスの子として生まれる。パリの鉱山学校に入ったが技術者の道にはなじめず、小説を書いたり新聞記者や鉄道会社の職員として働いたりしながら、父の勧めで経済学の研究に向かった。1870年、スイスのローザンヌ・アカデミーに新設された経済学の教授に迎えられ、1874年から1877年にかけて主著『純粋経済学要論』を刊行する。すべての財の需要と供給が互いに影響し合いながら、市場全体で同時に釣り合うしくみを数式で表した「一般均衡理論」を初めて示し、ジェヴォンズ、メンガーとともに限界効用の考え方を打ち立てた。後任のパレートへと続く「ローザンヌ学派」の祖である。土地の国有化など社会改革にも関心を寄せた。1910年、スイスのクラランで75歳で死去。日本では経済学者の手塚寿郎が『純粋経済学要論』を訳した。
収録作品
- 純粋経済学要論 上巻 1933年(昭和8年)