矢田津世子の生涯と代表作
坂の町の人間模様
- 生没
- 1907–1944
- 出身
- 秋田県
- Wikipedia
- Wikipedia
略歴
1907年(明治40年)、秋田県南秋田郡五城目町に生まれる。のち一家で上京し、女学校を卒業して銀行に勤めたあと、文学を志して女性の文芸誌『女人芸術』に加わり、1930年(昭和5年)に長編「反逆」を発表した。1931年に東京へ戻って執筆に専念し、武田麟太郎に師事して同人誌『日暦』に参加した。当初は容姿や私生活ばかりが話題にされたが、1935年(昭和10年)の「父」「弟」などで評価を高めた。1936年(昭和11年)、『人民文庫』に発表した「神楽坂」が第3回芥川賞の候補となり、同年に単行本として刊行された。1944年(昭和19年)、肺結核のため36歳で死去した。兄・不二郎の支援を受けて執筆を続けた。食べ物や食事の場面にも細やかな視線を向けた「茶粥の記」は、神楽坂と並ぶ代表作として知られている。
収録作品
- 神楽坂 1936年(昭和11年)3月