神楽坂(矢田津世子)のあらすじ・登場人物
爺さんと女たちの思惑
- 心理
- 家族
- 文字数
- 19,611字
- 読了目安
- 約39分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
神楽坂の裏の小間物屋の二階に妾を囲う、高利貸し上がりの馬淵の爺さん。病床の内儀さんと、その看病をする足の悪い女中の種、そして妾のお初とその母。誰もが爺さんの財産と心の内を探りながら暮らしている。吝嗇な老人の二重の顔と、周りの女たちの打算や情を、神楽坂の風物を背景に細やかに描く。第3回芥川賞の候補になった作者の代表作。
あらすじ
夏の宵、高利貸し出身の馬淵の爺さんは、袋町の小間物屋の二階にいる妾のお初を訪ね、病床の内儀さんがこの冬まで保つまいと話す。お初は母の「おっ母さん」とともに爺さんの世話で暮らし、内儀さんが死ねば後釜に座れると母に期待されるが、自分は妾の成り上がりと見られるのが窮屈で気が進まない。家に戻れば、爺さんは別の顔で、病床で針仕事を続ける内儀さんをいたわる。夫婦は、安三郎(弟)や兄、内儀さんの従弟など、財産めあてに養子の話を持ち込む親類をどれも信用していない。孤児院から来た足の悪い女中の種は、内儀さんを母のように慕い、養女になれるのではと期待して働いている。秋、お初は昔の友人の琴子から仕合せな新世帯の話を聞いて身の上をみじめに思う。そこへ爺さんが現れ、内儀さんがいよいよ危ないと告げ、種が呼びに来て、内儀さんは息を引き取る。しばらく袋町へ足を向けない爺さんの前で、種は亡き内儀さんの思い出を語って山吹町の親類への警戒を吹き込み、勤勉な働きぶりで気に入られていく。一方、おっ母さんは出入りのたびに気にさわることをし、お初は母と言い争う。百ヶ日の墓参りの帰りにお初が鳥鍋をねだると、爺さんは怒鳴りつけ、そんな女は家に入れられないと思う。かわりに種がいとしくなり、養女にしたらどうかと独り言をいうのだった。
登場人物
- 馬淵の爺さん(猪之助) 高利貸しの手代から身を起こした吝嗇な金貸し。外では二つの顔を使い分ける
- 内儀さん 爺さんの妻。長く肺を病み、床に就いたまま針仕事を続ける
- お初 爺さんの妾。袋町の小間物屋の二階で暮らし、内儀さんの後釜に座ることには気が進まない
- おっ母さん お初の母。元は待合の仲居で、娘が内儀さんに納まるのを心待ちにしている
- 種 孤児院から来た足の悪い女中。内儀さんを母のように慕い、養女になることを期待する
- 安三郎(安さん) 爺さんの弟。次男の太七を養子にと頼みに来る
冒頭部(原文より)
夕飯をすませておいて、馬淵の爺さんは家を出た。いつもの用ありげなせかせかした足どりが通寺町の露路をぬけ出て神楽坂通りへかかる頃には大部のろくなっている。どうやらここいらへんまでくれば寛いだ気分が出てきて、これが家を出る時からの妙に気づまりな思いを少しずつ払いのけてくれる。
「神楽坂」矢田津世子(青空文庫)
末尾部(原文より)
「莫迦が! きょうでやっと百ヶ日だというに、何んで俺が鳥を食う……」 こう呶鳴っておいて爺さんはとっとと歩いていった。爺さんが呶鳴ったのには、自分の精進が忘れられている、ということよりもお初の贅沢心に急に肚が立ったからである。だから、あんな女は家へはいれられないというのだ。爺さんの白足袋はせかせかと歩いていく。亡くなった内儀さんのことが思い出される。種がいとしまれる。ふと、爺さんは、種を養女にしたらどんなものだろう、と思いついて、 「これあ、存外莫迦にならない話だわい」 と独り言を云うた。
「神楽坂」矢田津世子(青空文庫)
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