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氷雨(葉山嘉樹)のあらすじ・登場人物

空の米櫃と雨の帰り道

  • 家族
  • 心理

葉山嘉樹 1937年(昭和12年)12月

文字数
6,837字
読了目安
約14分
表記
新字旧仮名
種別
小説

この作品について

1937年(昭和12年)暮れに書かれた晩年の短編。プロレタリア文学運動が弾圧で潰え、戦時色が濃くなっていく高原の村で、収入の途絶えた「私」は子供二人を連れて釣りに出る。米櫃はもう空だと娘が言った、その日の午後のことである。冷たい雨に濡れて帰る道すがら、親子心中をする人の心理を考えている父と、それを察してか黙って先を急ぐ子供たち。労働文学の旗手だった作家が、生活そのものに追い詰められた地点から書いた、静かで苦い一編。

あらすじ

高原の秋の夕暮れ、日本三大急流の一つを見下ろす堤で、「私」は釣り糸を垂れている。十間ほど下流には小学四年の息子、堤の上には一年生の娘。雨が落ちてきたと知らせに来た娘に「どこかで雨を避けておいで」と答えたものの、堤には葉を落とした小さな胡桃の木しかない。兄は乾草を枝に渡して屋根を葺き、二尺角の小屋を作って妹と身を寄せ合った。——その日の昼、家を出るとき娘が米櫃を覗いて言ったのだ。「お母あさん。もうお米がないのね」。打開策は三年以上も考えあぐねている。暗さで釣針も見えなくなったころ、「私」は自分が親子心中をする人の直前の心理を考えていたことに気づく。足の下の急流は、人間の十人や百人呑んだところで慌てるような川ではない。帰り道、雨にぬかるむ県道を子供たちは驚くほど足早に歩き、闇の中で姿が見えなくなった。三十分も気づかずにいた「私」は、自分の身から発する墓場の雰囲気を子供が恐れているのだと考える。戦場の死傷者を新聞で見るうち、いつしか死の側へ引き寄せられて六ヶ月。坂の途中で待っていた娘が、「引つ張つて上げようか」と手を掴んでグイグイ先に立った。その強い力に、心は一瞬だけ青白く光る。家に帰り、子供たちが濡れた服を脱いで夕食を摂り、寝床に入ってから、「私」は米を借りに出かけた。

登場人物

冒頭部(原文より)

    一  暗くなつて来た。十間許り下流で釣つてゐる男の子の姿も、夕暗に輪廓がぼやけて来た。女の子は堤の上で遊んでゐたが、さつき、 「お父さん、雨が降つて来たよ」  と、私に知らせに来た。 「どこかで雨を避けておいで」  と返事をしたまま、私は魚を釣り続けてゐたのだが、堤には小さな胡桃の木以外には生えてゐなかつた。

「氷雨」葉山嘉樹(青空文庫)

末尾部(原文より)

 子供たちが食事が済み、寝床に入つてから、私は米を借りに出かけた。  村の町は、夜九時になると死んだやうになる、偶然飛び込んだ旅人を泊める宿屋までも、十時になると眠り込む。  出征を祝す、の征旗も、旗を取り込んで、てつぺんに葉を少し残した旗竿だけが、淋しく軒先きに立つてゐる。  明日はどうなるであらう。

「氷雨」葉山嘉樹(青空文庫)

原文を読む

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