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直訴状(田中正造)のあらすじ・登場人物

鉱毒の惨状を天皇に訴える

田中正造 1901年(明治34年)12月

文字数
1,665字
読了目安
約3分
表記
新字旧仮名
種別
随筆

この作品について

足尾銅山の鉱毒問題に生涯をかけた政治家・田中正造が、1901年(明治34年)12月10日、帝国議会の開院式から帰る明治天皇の馬車に駆け寄って差し出そうとした上奏文。衆議院議員として十年にわたり議会で鉱毒の被害を訴えても政府が動かないことに絶望し、議員を辞して直訴に及んだ。草案は幸徳秋水が起草し、正造が加除修正を加えたもので、本文には正造による書き換えの跡も示されている。渡良瀬川流域の被害の実情を漢文訓読調の簡潔な文で述べ、救済の道を訴える。

あらすじ

正造はまず、田舎の一介の民である自分が、法を犯して天皇の御車に近づく罪は万死に値すると認めたうえで、国家と人民のためにやむにやまれず訴えるのだと述べる。続いて、東京の北四十里にある足尾銅山から流れ出る毒水と毒屑が渡良瀬川に注ぎ、山林の濫伐と煙毒で水源が荒れたために洪水がしばしば起こり、茨城・栃木・群馬・埼玉の四県にわたる数万町歩の土地に毒が広がった惨状を訴える。魚は死に、田畑は荒れ、数十万の人々が生業を失い、食べる物も薬もなく、老人や子どもは倒れ、壮年の者は故郷を去って流浪している。正造は、衆議院議員として第二期議会以来この問題を政府にただしてきたが、何の救済もなされなかったことを述べ、鉱毒の流出を止め、荒れた土地を回復し、被害民を救う方策を講じてほしいと願う。最後に、自分は六十一歳で老病の身であり、余命いくばくもないからこそ一身の利害を顧みずに訴えるのだと結び、天皇の憐れみを乞う。

登場人物

冒頭部(原文より)

草莽ノ微臣田中正造誠恐誠惶頓首頓首謹テ奏ス。伏テ惟ルニ臣田間ノ匹夫敢テ規ヲ踰エ法ヲ犯シテ 鳳駕ニ近前スル其罪実ニ万死ニ当レリ。

「直訴状」田中正造(青空文庫)

末尾部(原文より)

 臣年六十一而シテ老病日ニ迫ル。念フニ余命幾クモナシ。唯万一ノ報効ヲ期シテ敢テ一身ヲ以テ利害ヲ計ラズ。故ニ斧鉞ノ誅ヲ冒シテ以テ聞ス情切ニ事急ニシテ涕泣言フ所ヲ知ラズ。伏テ望ムラクハ 聖明矜察ヲ垂レ給ハンコトヲ。臣痛絶呼号ノ至リニ任フルナシ。

「直訴状」田中正造(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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