鳴雪句集(内藤鳴雪)のあらすじ・登場人物
子規門の長老の句集
- 文字数
- 10,169字
- 読了目安
- 約20分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
正岡子規の門下の最年長として知られる内藤鳴雪の句集。子規との出会いや俳句を始めた経緯を述べた緒言に続き、句を収める。老いてなお子規に学ぶ姿勢と、のびやかで飾らない句風が特徴で、明治の俳句革新を担った一人の句業を知ることができる。
あらすじ
緒言で鳴雪は、子規居士は余の俳句の指導者であると記し、明治25年の正月に寄宿舎で子規らが俳句を作るのを見て自分も真似をしたくなり、「四十五の夢をさまして初日の出」「元日や仏に成るも此の心」の二句を詠んで子規に見せたところ、思いがけず褒められたという経緯を述べる。その後、宿題や競吟、傘百句、唐辛子百五十句などの修行をしたが、仲間の評判は芳しくなかったとも書く。本文の末尾近くには「三千の大衆黙して冬の嶺」「行く年よ我れいまだ蕎麦も喰ひ了へず」「菅笠の阿弥陀が駅をしぐれけり」など、旅や人事を詠んだ句が見え、「霜柴の我が目に痛き煙かな」で終わる。
冒頭部(原文より)
緒言 此の集を出すに方つて、子規居士と余との関係を思ひ出さずに居られぬ。居士は余の俳句の指導者である。而して是れは誰れも知る所で、今、改めて言ふの要もないから嘗て居士の生前に余の物した一二の文を摘記して、いさゝか今昔の感を叙する代りとした。
「鳴雪句集」内藤鳴雪(青空文庫)
末尾部(原文より)
山陽途中 菅笠の阿弥陀が駅をしぐれけり 松山城 初雪や松の梢の天主閣 佐倉の山中に孫の徹女を荼毘して 霜柴の我が目に痛き煙かな 鳴雪句集 終 (明治四十二年一月刊)
「鳴雪句集」内藤鳴雪(青空文庫)
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