雨になる朝(尾形亀之助)のあらすじ・登場人物
何も起こらない日の静けさ
- 文字数
- 3,275字
- 読了目安
- 約7分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
尾形亀之助の第2詩集。『色ガラスの街』(1925年)のあと、短い散文詩風の作品で、何も起こらない日常の静けさと倦怠を描いた。巻頭の「この集を過ぎ去りし頃の人々へおくる」と、後記の「厭はしい思ひでこの詩集を出版する」という言葉に、詩人の気質が表れる。
あらすじ
序にあたる「二月・冬日」は、子供が泣いていると思ったのが鶏の声だった、という目覚めの場面で始まる。もう朝は過ぎ、しんとした太陽が青い空に出ている。大きな猫が屋根のひさしを通り、二度目に通るとき「私」は寝ころんでいる。空気銃を持った大人が垣の外で雀を撃つがあたらない。穴のあいた靴下で、旗をもった子供が帰ってきて、暗い部屋で私の顔を冷たい手でなでる。「冬日」では髪をつみ、炭屋が来て雀が鳴き、夕暮れに電灯がつく。淡々とした出来事の列挙が続き、後記では、詩集は去年の春に出る予定だったが、今は掌から失くなっており、これをそっと眠らせておいてほしい、と述べる。
冒頭部(原文より)
この集を過ぎ去りし頃の人々へおくる 序 二月・冬日 二月 子供が泣いてゐると思つたのが、眼がさめると鶏の声なのであつた。 とうに朝は過ぎて、しんとした太陽が青い空に出てゐた。少しばかりの風に檜葉がゆれてゐた。大きな猫が屋根のひさしを通つて行つた。
「雨になる朝」尾形亀之助(青空文庫)
末尾部(原文より)
この集は去年の春に出版される筈であつた。これらの詩篇は今はもう私の掌から失くなつてしまつてゐる。どつちかといふと、厭はしい思ひでこの詩集を出版する。私には他によい思案がない。で、この集をこと新らしく批評などをせずに、これはこのまゝそつと眠らして置いてほしい。
「雨になる朝」尾形亀之助(青空文庫)
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