阿部次郎の生涯と代表作
内省を重ねる青春の哲学
- 生没
- 1883–1959
- 出身
- 山形県
- Wikipedia
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略歴
1883年(明治16年)、山形県飽海郡上郷村(現在の酒田市)に生まれる。第一高等学校を経て東京帝国大学哲学科に学び、ケーベルに師事した。夏目漱石の門に出入りし、森田草平・小宮豊隆らとともに「朝日文芸欄」で評論を書く。1914年に刊行した『三太郎の日記』は、青田三太郎という人物に託して自己を見つめ、理想と現実のあいだで思い悩む内面をつづったもので、大正から昭和の学生たちに長く愛読された。人格の成長を重んじる人格主義を唱え、大正教養主義を代表する思想家となる。1923年から東北帝国大学で美学を講じ、『徳川時代の芸術と社会』なども著した。1959年(昭和34年)、仙台で76歳で死去。
収録作品
- 三太郎の日記 第一 1914年(大正3年)
- 三太郎の日記 1914年(大正3年)
- 三太郎の日記 第二 1915年(大正4年)
- 三太郎の日記 第三 1918年(大正7年)