阿仏尼の生涯と代表作

東へ下る母の旅

生没
1222–1283
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略歴

鎌倉時代中期の女流歌人。生年は貞応元年(1222年)頃とされ、実の親は分からず、奥山度繁の娘(または養女)という。安嘉門院に仕えて「安嘉門院四条」と呼ばれ、若いころの失恋のなりゆきを「うたたね」に書いた。30歳頃に藤原為家の側室となって冷泉為相らを産み、為家の没後、播磨国細川荘の相続をめぐって正妻の子の二条為氏と争い、1279年(弘安2年)に幕府へ訴えるため鎌倉へ下った。この旅と鎌倉での滞在を記したのが「十六夜日記」である。歌論書に「夜の鶴」がある。「十六夜日記」は相続訴訟の事情を伝えるだけでなく、道中の歌枕をたどり、和歌と土地の記憶を結びつけた紀行でもある。関東の社寺に奉納する歌を詠むなど、旅と鎌倉滞在のなかでも歌人として活動を続けた。弘安6年(1283年)4月8日に没した。

収録作品

名文

阿仏尼の名文