レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯と代表作

生没
1452–1519
出身
イタリア
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略歴

1452年、フィレンツェ近郊のヴィンチ村で、公証人の父と農家の娘のあいだに生まれる。「ダ・ヴィンチ」は「ヴィンチ村の」という意味である。10代でフィレンツェの画家ヴェロッキオの工房に入り、絵画や彫刻、工芸を学んだ。1480年代からはミラノ公に仕え、修道院の壁画『最後の晩餐』を描いたほか、宮廷の祝祭の演出や軍事技術、運河の設計まで手がけた。その後はフィレンツェ、ミラノ、ローマなどを移り住み、『モナ・リザ』を描き続けた。人体の解剖、鳥の飛び方、水の流れ、植物や地質などあらゆるものを観察し、左手で書いた鏡文字の手記に数千ページにわたる素描と覚え書きを残している。完成した絵画は少ないが、芸術と科学を一つの探究として追い続けた姿から「万能の天才」と呼ばれる。晩年はフランス王フランソワ1世に招かれ、1519年、アンボワーズ近くのクロ・リュセの館で67歳で死去。日本では芥川龍之介が手記の一部を訳している。

収録作品

名文

レオナルド・ダ・ヴィンチの名文