デカルトの生涯と代表作
- 生没
- 1596–1650
- 出身
- フランス
- Wikipedia
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略歴
1596年、フランス中部トゥレーヌ地方のラ・エー(現在のデカルト市)で、法官の家に生まれる。イエズス会のラ・フレーシュ学院で学んだのち、ポワティエ大学で法学を修めたが、書物の学問に満足できず、「世間という大きな書物」を学ぶために軍隊に加わってヨーロッパ各地を旅した。1620年代末からはオランダに移り住み、約20年にわたって研究と著述に打ち込む。1637年に刊行した『方法序説』では、確実な知識を求めてあらゆるものを疑い、疑っている自分の存在だけは疑えないとして「我思う、ゆえに我あり」の命題を示した。1641年の『省察』では、この考えをもとに神の存在と精神と物体の区別を論じた。数学では座標を用いて図形を式で表す解析幾何学を切り開いている。1649年、スウェーデン女王クリスティーナに招かれてストックホルムへ赴いたが、北国の冬に体を壊し、翌1650年に53歳で死去。「近代哲学の父」と呼ばれる。