范曄の生涯と代表作
後漢を書いた悲劇の史家
- 生没
- 398–446
- 出身
- 中国
- Wikipedia
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略歴
398年、東晋の時代の中国に名門の家に生まれる。字は蔚宗。南朝宋に仕えて重用され、文章や音楽、書にも優れた。宣城(現在の安徽省)の太守に左遷されていた時期に、それまでの諸家の後漢の歴史書をもとに『後漢書』の本紀と列伝を書き上げる。人物の評論や論賛の文章の美しさで知られ、『史記』『漢書』『三国志』とともに中国の「前四史」に数えられる。志の部分を完成させる前に、皇族を擁立する謀反に連座して処刑された。48歳(数え)。『後漢書』は、のちに西晋の司馬彪の『続漢書』の志を合わせて伝えられた。東夷伝には、57年に倭の奴国の使者が光武帝から印綬を受けたという、志賀島の金印にかかわる記事がある。