北条民雄の生涯と代表作
いのちの記録者
- 生没
- 1914–1937
- 出身
- 徳島県
- Wikipedia
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略歴
1914年(大正3年)、京城(現・ソウル)に生まれ、徳島で育つ。本名は七條晃司。ハンセン病を発病し、1934年、東京府北多摩郡の全生病院(現・国立療養所多磨全生園)に入る。療養所の内側から生と死を凝視した「いのちの初夜」を川端康成に送り、その推挙で「文学界」に発表されて文学界賞を受けた。北条民雄は病を秘すために与えられた筆名で、本名は長く伏せられた。文学に生きる決意を得たのもつかのま、腸結核により1937年(昭和12年)、23歳で世を去った。短い活動期間に残した数編の小説は、いまも読む者の胸を打つ。「いのちの初夜」の原題は「最初の一夜」で、川端の助言によって改題され、1936年に発表された。二人の間に交わされた書簡は、療養所で書き続ける作家と、その創作を支えた文学者の関わりを伝えている。
収録作品
- いのちの初夜 1936年(昭和11年)2月