木下尚江の生涯と代表作
社会正義を説いた小説
- 生没
- 1869–1937
- 出身
- 長野県
- Wikipedia
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略歴
1869年(明治2年)、信濃国松本(現・長野県松本市)の下級武士の家に生まれる。東京専門学校(のちの早稲田大学)で法律を学び、松本で弁護士を開業するとともに新聞の主筆を務めた。1893年に洗礼を受け、普通選挙期成運動や廃娼運動に力を注ぐ。1899年に上京して毎日新聞の記者となり、足尾鉱毒問題などで論陣を張った。社会主義協会に加わり、社会民主党の結成にも参加。日露戦争では、キリスト教社会主義の立場から非戦論を唱えた。1904年に毎日新聞へ連載した小説「火の柱」で社会主義運動を描いて評判を呼び、続く「良人の自白」「霊か肉か」などでも社会問題を扱った。のちに社会主義運動を離れ、田中正造の評伝などを著した。1937年(昭和12年)、68歳で没した。
収録作品
- 火の柱 1904年(明治37年)1月