小林一茶の生涯と代表作
小さな命を詠んだ俳人
- 生没
- 1763–1828
- 出身
- 長野県
- Wikipedia
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略歴
1763年(宝暦13年)、信濃国柏原(現在の長野県信濃町)の農家に生まれる。本名は弥太郎。幼くして母を亡くし、継母との折り合いが悪く、十代のなかばに江戸へ奉公に出た。やがて俳諧を学んで葛飾派の俳人に連なり、各地を行脚して句を作った。1801年に父が亡くなると、継母・異母弟との遺産争いが長引き、決着して故郷に定住したのは1813年、五十代に入ってからだった。五十二歳で結婚したが、生まれた子どもたちを相次いで亡くし、妻にも先立たれるなど、家庭には恵まれなかった。「やせ蛙まけるな一茶是に有り」「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」「我と来て遊べや親のない雀」など、蛙や雀、蚊や蠅といった小さな生き物や、庶民の暮らしを、平明なことばと土地のことばで詠んだ。句文集「父の終焉日記」「おらが春」や日記「七番日記」が知られる。1828年1月(文政10年11月)、柏原で没。
収録作品
- おらが春 1852年