おらが春(小林一茶)のあらすじ・登場人物
あなた任せの春を迎える
- 古典
- 家族
- 文字数
- 12,832字
- 読了目安
- 約26分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 長野県
- 東京都
この作品について
小林一茶の俳諧句文集。1819年(文政2年)、五十七歳の一茶が故郷の信濃柏原で迎えた正月から年の暮れまでの一年を、前書き(詞書)と発句でつづった。刊行は一茶の没後の1852年(嘉永5年)。門松も煤払いもせず、阿弥陀仏にすべてを任せて迎える春の冒頭に、「目出度さも中位なりおらが春」の句が置かれる。前年に生まれた娘への愛情を軸に、「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」「我と来て遊べや親のない雀」など、蛙や雀、蚊や蠅といった小さな生き物と子どもたちを詠んだ句が季節を追って並ぶ。継子や捨て子に寄せる思い、俳人たちの句の引用、旅や村の暮らしの断片も交じり、貧しさと温かさ、おかしみと哀れが同じ紙面に同居する。一茶の代表作として国語便覧にも載る。本書は俳書堂版(1916年)による原文で、国立国会図書館が公開する底本の画像とOCRテキストを照らし合わせて起こし、収録した。
あらすじ
元日、丹後の寺で、上人が「西方弥陀仏よりの年始の使い」と名乗る小法師の使いに涙して祝う話から始まる。一茶は、世渡りの境遇ながら門松も立てず煤も払わず、ことしの春もあなた任せで迎えたと述べ、「目出度さも中位なりおらが春」と詠む。前年五月に生まれた娘に雑煮膳を据える正月一日の句を経て、善光寺、初午、上野、二月十五日の涅槃会と、春の句と前書きが続く。妙専寺の小僧が川に落ちて命を落とす話、蛙の句、江戸や信濃の各地での句、病後や旅立ちの句と、夏から秋・冬へ季節は進む。中ほどには、継子を詠んだ古い句や、六歳のわが身を詠んだ「われと来て遊べや親のない雀」、子を思う歌や句の引用が並び、小さい者への一茶のまなざしが前面に出る。秋には娘の墓参りの句が置かれ、菊会や月見の句を経て冬に入る。年末、一茶は他力と自力のあいだの心得を阿弥陀仏への信心の手紙の形で語り、「ともかくもあなたまかせの年の暮」の句で締めくくる。巻末には嘉永四年の跋と西馬惺庵の跋が付く。
登場人物
- 小林一茶 信濃柏原の俳人。五十七歳の年を、貧しいながら「あなた任せ」の心で過ごす
- さと女 一茶がこの年に授かった娘。一茶は小さな命に深い愛情を注ぐ
冒頭部(原文より)
昔丹後の国普甲寺といふ所に深く浄土を願ふ上人ありけり、年の始めは、世間祝ひをしてざゞめけば、われもせんとて、大晦日の夜ひとり使ふ小法師に手紙したゝめ渡して、翌の暁にしか/\せよと、きと言ひ教へて、本堂に泊りにやりぬ。
「おらが春」小林一茶(青空文庫)
末尾部(原文より)
願はずとも仏は守りたまふべし。是れ即ち当流に安心とは申すなり。穴かしこ。
「おらが春」小林一茶(青空文庫)
名文
から風の吹けば飛ぶ屑家は屑家のあるべきやうに、門松立てず、煤掃かず、雪の山路の曲りなりに、今年の春もあなた任せになん迎へける。 目出度さも中位なりおらが春
小林一茶『おらが春』(1819年の句文集)の冒頭を結ぶ一句。門松も立てず煤も払わず、成り行き任せに迎えた正月を、めでたさも人並みほどと詠む。貧しさを笑いに変える一茶らしさが凝縮している。
この期に及んでは行く水の再び帰らず、散る花の梢に戻らぬ悔ひごとなどゝ、あきらめ顔しても、思ひきりがたきは恩愛のきづななりけり。 露の世は露の世ながらさりながら
小林一茶『おらが春』で、疱瘡のため幼い娘さとを亡くす場面。世は露のようにはかないと分かってはいても、と言いさして終わる一句に、理屈では割り切れない親の悲しみがにじむ。一茶の句のなかでも特に知られた一句。
原文を読む
原文はアプリに収録しています(縦書きで読めます)。底本:「おらが春」(訂正俳諧名著文庫 第一篇、俳書堂、1916年)。国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている底本の画像と、同館「次世代デジタルライブラリー」のOCRテキスト(パブリック・ドメイン)をもとに、画像と照らし合わせて起こし、序・本文・跋を収録した(ルビ・頭注・挿絵・巻末の校訂者の解説・奥付・広告は省いた)。旧字は新字に改めた(仮名遣いは底本のまま)。