甲賀三郎の生涯と代表作

本格探偵小説の擁護者

生没
1893–1945
出身
滋賀県
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略歴

1893年(明治26年)、滋賀県蒲生郡日野町に生まれる。本名は春田能為。東京帝国大学工学部を出て農商務省の技師を務めるかたわら探偵小説を書きはじめ、「琥珀のパイプ」で地位を確立した。江戸川乱歩と並ぶ人気作家として活躍する一方、論理的な謎解きを重んじる「本格」の立場を掲げ、木々高太郎の探偵小説芸術論に対して通俗文学としての立場を主張し、探偵小説の範囲をめぐる論争に加わった。江戸川乱歩はこの論争で木々の説を支持しており、同時代の探偵作家たちの文学観の違いが表れた議論でもあった。後進の育成にも熱心で、大阪圭吉らを世に送り出している。1945年(昭和20年)、51歳で死去。長編「支倉事件」では実際の事件を題材に、捜査と裁判をたどる物語を書いた。純粋な謎解きだけでなく、犯罪をめぐる記録と推理を組み合わせた仕事も残している。

収録作品

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