野上彰の生涯と代表作

碁盤と詩のあいだに生きる

生没
1909–1967
出身
徳島県
Wikipedia
Wikipedia

略歴

1909年(明治42年)、徳島市に生まれる。本名は藤本登。第七高等学校から東京帝国大学に進み、京都帝国大学法学部に移ったが、滝川事件をきっかけに中退した。囲碁に通じ、雑誌『囲碁春秋』や日本棋院の『囲碁クラブ』の編集長を務めるかたわら、作家たちの碁会を開いて川端康成や豊島与志雄に師事し、「野上彰」の筆名で詩や童謡を書き始める。戦後は出版社大地書房を興して雑誌を出し、芸術の前衛運動を企てたほか、ラジオの放送詩や歌の作詞、訳詞、戯曲、小説と幅広く活躍した。詩「落葉松」は歌曲として今も歌い継がれている。1964年の東京オリンピックを前に「オリンピック讃歌」の日本語の詞を書き、ボブ・ディランの「風に吹かれて」の訳詞も手がけた。囲碁は六段の腕前だった。1967年(昭和42年)、58歳で死去。

翻訳・現代語訳

関連する作家