荻原雲来の生涯と代表作
梵語の扉をひらいた学僧
- 生没
- 1869–1937
- 出身
- 和歌山県
- Wikipedia
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略歴
1869年(明治2年)、和歌山県に生まれる。浄土宗の僧侶荻原雲台の養子となり、浄土宗の学校を卒業した。1898年からドイツのシュトラスブルク大学に留学し、インド学者ロイマンのもとでサンスクリット(梵語)を学んで学位を得る。仏典をサンスクリットの原典に基づいて読む研究の先駆けとなり、帰国後は宗教大学(現・大正大学)や東京帝国大学で教えた。サンスクリット仏典の校訂を数多く手がけ、晩年に取り組んだ『梵和大辞典』は没後に完成して、今もこの分野の基本の辞書となっている。パーリ語の原典から訳した『法句経』(1935年)は、短い言葉で仏の教えを伝える経典の訳として長く読まれた。1937年(昭和12年)、68歳で死去。
収録作品
- 法句経 1935年(昭和10年)6月