竹久夢二の生涯と代表作
大正ロマンの顔
- 生没
- 1884–1934
- 出身
- 岡山県
- Wikipedia
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略歴
1884年(明治17年)、岡山県邑久郡の造り酒屋に生まれる。本名は茂次郎。早稲田実業学校に学びながら独学で絵を描き、雑誌のコマ絵で認められた。憂いをおびた「夢二式美人」で一世を風靡し、絵はがき・千代紙・楽譜表紙・装幀まで手がけて、大正ロマンを象徴する存在となる。一方で詩人としても「宵待草」の詞をはじめ多くの詩と童謡を残し、詩画集「桜さく島」「どんたく」などを世に出した。1909年の「夢二画集 春の巻」で人気を集め、日本橋の「港屋絵草紙店」では日常の小物のデザインも手がけた。晩年にはアメリカとヨーロッパを訪れ、ベルリンでは日本画を教えている。絵・詩・出版・生活用品を横断する仕事を続け、1934年(昭和9年)、信州富士見高原療養所で49歳の生涯を閉じた。