古寺巡礼(和辻哲郎)のあらすじ・登場人物
奈良の古寺を歩いた印象記
- 文字数
- 143,545字
- 読了目安
- 約4時間47分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 奈良県
この作品について
哲学者・和辻哲郎が、1918年(大正7)5月に友人たちと奈良付近の古寺を訪ねた印象を綴った随想で、1919年に岩波書店から刊行された。法隆寺、中宮寺、唐招提寺、薬師寺などの仏像や建築が、若い感受性で語られる。1946年の改訂で著者は大幅な削除を行い、現在広く読まれるのはこの改訂版である。古美術鑑賞に美術史や比較文化の視点を取り入れ、多くの読者を奈良へ向かわせた。
あらすじ
著者は数人の友とともに奈良へ古寺と古美術を訪ねる旅に出る。出発の前夜に見たアジャンター壁画の模写の色調や写実をめぐる思索から筆は起こされ、インドとギリシアの美術の関係、宗教画と官能の問題へと考察は広がってゆく。奈良に入ってからは、法隆寺の建築と仏像、金堂壁画、薬師寺や東大寺、唐招提寺、聖林寺の十一面観音、そして中宮寺の半跏思惟の観音像などを、一つひとつ深いまなざしでたどる。とりわけ中宮寺の観音に、著者は母でも処女でもない「慈悲の権化」を見いだし、物の哀れとしめやかな愛情を核心とする日本文化の出発点を、やさしい島国の自然と結びつけて論じる。旅の道すがら出会う尼僧やのどかな農村の景色も清らかに描かれ、古美術への感動と文化史的思索とが一体となった紀行として閉じられる。
冒頭部(原文より)
昨夜出発の前のわずかな時間に、Z君の所でアジャンター壁画の模写を見せてもらった。予想外に大きな画面で、色彩も写真で想像していたよりははるかにきれいだった。急いで見たのだから詳しい印象は残っていないが、それでも汽車に乗ってから絶えずこの画に心を捕われていることを感じた。今朝京都の停車場で、T君やF氏と別れて、ひとりポツネンと食堂車にすわっていると、あの画のことがまた強く意識の表面に浮かび上がって来た。
「古寺巡礼」和辻哲郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
中宮寺を出てから法輪寺へまわった。途中ののどかな農村の様子や、蓴菜の花の咲いた池や、小山の多いやさしい景色など、非常によかった。法輪寺の古塔、眼の大きい仏像なども美しかった。荒廃した境内の風情もおもしろかった。鐘楼には納屋がわりに藁が積んであり、本堂のうしろの木陰にはむしろを敷いて機が出してあった。
「古寺巡礼」和辻哲郎(青空文庫)
名文
われわれが巡礼しようとするのは「美術」に対してであって、衆生救済の御仏に対してではないのである。
和辻哲郎『古寺巡礼』の一節。仏像を信仰ではなく美術として見に行くという立場をはっきり述べ、本書の態度を端的に示す。
まず第一にそれは人間離れのした、超人的な威厳を持っていなくてはならぬ。
聖林寺十一面観音を論じるくだり。超人的な威厳と人間らしい優しさの結合こそ観音像の要だと説き、和辻の仏像観がよく表れている。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。
同じ作家の作品
- 孔子 1938年(昭和13年)