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死の淵より(高見順)のあらすじ・登場人物

病床で書き継がれた生への渇望

高見順 1964年(昭和39年)

文字数
17,984字
読了目安
約36分
表記
新字新仮名

この作品について

食道がんの手術後、高見順が書き継ぎ、1964年(昭和39年)に講談社から刊行した詩集。同年の野間文芸賞を受賞した。巻頭の文章では、長く気力を保てず小説を書けないなか、短い言葉を書いては日を置き、また戻って書き足す方法を説明している。病室での詩も、手術直後に完成させたものではなく、枕元のノートのメモをもとに、退院後に形にしたという。死を恐れる心だけでなく、戦時中の記憶や、土へ帰ることを旅にたとえる思いが、カラスや蔦、汽車といった具体的な像を通して表される。話しかけるような口語に反復や急な場面転換を組み合わせ、身体の苦痛と想像の広がりを一つの詩に置く。題名と同じ題の一篇を書こうとして果たせず、その名を詩群全体に残したことも、作者自身が明かしている。闘病の記録であるとともに、限られた気力のなかで言葉の形を探した詩の仕事でもある。

あらすじ

食道がんの手術を受けた高見順が、その闘病生活のなかで書きためた詩をおさめた詩集である。巻頭に置かれた作者自身の言葉によれば、手術は三時間近くにおよぶ重いもので、術後は気力の持続がきかず小説を書くことができなかった。二、三行書いては数日、時には数週間・数ヵ月をおいてまた書きつぐ――そうやって、わずかな気力をふりしぼるようにして詩は生み出された。収められた詩には、死を目前にした人間の裸の心が刻まれている。病室の窓に群がる不吉なカラスや、死んだ者の眼にたかるアリの記憶といった生々しい死のイメージ。老いて傷だらけになった一匹のヒトデに「泥まみれの死を与えてほしい」と願う痛切な自己投影。恐怖と諦念、それでもなお消えない生への執着、過ぎ去った日々や自然への愛惜――そうした思いが、技巧を排した平明でまっすぐな言葉でつづられる。「『死の淵より』という題の詩をひとつ書こうと思ったのだができなかった」と作者は記すが、書けなかったその一篇のかわりに、死の淵からしぼり出された詩のすべてがこの一冊に結晶している。名声を得た小説家が最晩年にたどりついた、切実な詩の世界である。

冒頭部(原文より)

 食道ガンの手術は去年の十月九日のことだから早くも八ヵ月たった。この八ヵ月の間に私が書きえたものの、これがすべてである。まだ小説は書けない。気力の持続が不可能だからである。詩なら書ける――と言うと詩はラクなようだが、ほんとは詩のほうが気力を要する。しかし持続の時間がすくなくてすむのがありがたい。 「死の淵より」という題の詩をひとつ書こうと思ったのだが、できなかった。できたら、それを全体の詩群の題にしようと思っていた。それはできなかったのだが、全体の題に残すことにした。  死者の爪 つめたい煉瓦の上に 蔦がのびる 夜の底に 時間が重くつもり 死者の爪がのびる

「死の淵より」高見順(青空文庫)

末尾部(原文より)

 老いたヒトデ 宝石のような星が 夜空に輝いていたのも昔のことだ 今は白いシラミのような星が きたない空にとっついている 海の星の尊厳も昔のことだ 海にかえさないでくれ 老いたヒトデに 泥まみれの死を与えてほしい

「死の淵より」高見順(青空文庫)

名文

電車の窓の外は 光りにみち 喜びにみち いきいきといきづいている この世ともうお別れかと思うと 見なれた景色が 急に新鮮に見えてきた

高見順の詩集『死の淵より』の「電車の窓の外は」。食道がんの闘病中、車中のメモをもとに書かれ、別れを思うほど輝いて見える世界を歌う。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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