島守(中勘助)のあらすじ・登場人物
湖の小島でひとり暮らした秋
- 文字数
- 18,146字
- 読了目安
- 約36分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 長野県
この作品について
中勘助が1911年(明治44年)の秋、長野県の野尻湖に浮かぶ弁天島に籠もって暮らした日々を、日記の形で記した作品。1924年(大正13年)に岩波書店から刊行された『犬 附島守』に収められた。祭礼のときだけ神官が泊まる島の家に住み、村で「本陣」と呼ばれる善良な男が運んでくれる食べ物で自炊しながら、嵐や時雨、木の実や鳥の声、湖に映る燈明の影など、島の小さな出来事を書き留めていく。人間嫌いを自認する筆者の孤独と、自然へのこまやかなまなざしがうかがえ、のちに書き添えた註や追記も含む。中は翌年の夏から秋にも同じ湖畔に滞在し、『銀の匙』を書いている。
あらすじ
明治四十四年九月二十三日、私はひどい吹き降りのなか、本陣に船を頼んで湖の小島に渡る。住まいは年に一度の祭礼に来る神官のための家で、雨戸もなく、床には神輿が置かれている。本陣は焚きつけを作り、飯の炊き方を教えて帰っていった。翌日、福岡の妹が危篤という電報を受け、島に戻った私は、飯を炊きながら妹のことを思って涙をこぼし、夜は燈明をともしに行く。数日後、妹の具合がよいという知らせが届く。私は朝晩の自炊、読書、浜での水浴び、燈明ともしと散歩を日課とし、神輿に住む鼠に餅や米を供え、嵐の夜にひとり目覚めることに幸福を感じる。本陣はたびたび卵や漬物、しめじ、鱒などを運んでは山里の話をしていく。私は鳥の羽根やどんぐり、蜆の殻を机に並べ、鴨や鴛鴦の訪れを待ち、栗を落として栗飯を炊く。北浦の淵では、翠の髪と瑠璃の翼をもつ女が釣りをする姿に魅入られ、満月の夜には月の女神に憧れる。秋祭りには本陣の家で鳥鍋と焼酎をふるまわれ、越後から参詣に来た老人には、夜になると天狗や神様が話しに来るのかと尋ねられる。妙高、黒姫、飯綱の山々に初雪がふるころ、帰る日が近づいて、私は毎朝言いしれぬ寂しさを覚える。十月十七日、激しい白根颪のなか、本陣が荷造りに来て、私は紅葉した島を舟で離れる。島は鴛鴦のように見え、恋人を失った鴛鴦が島になったのだろうと私は思う。大波をかわしながら、舟は湖畔に着いた。
登場人物
- 私 島守。人間嫌いになり、湖の小島でひとり暮らす
- 本陣 昔の御本陣の跡取りで、村一番の善良な男。島へ食べ物を運ぶ
冒頭部(原文より)
これは芙蓉の花の形をしてるという湖のそのひとつの花びらのなかにある住む人もない小島である。この山国の湖には夏がすぎてからはほとんど日として嵐の吹かぬことがない。そうしてすこしの遮るものもない島はそのうえに鬱蒼と生い繁った大木、それらの根に培うべく湖のなかに蟠ったこの島さえがよくも根こぎにされないと思うほど無惨に風にもまれる。ただ思うさま吹きつくした南風が北にかわる境めに崖を駈けおりて水を汲んでくるほどのあいだそれまでの騒しさにひきかえて落葉松のしんを噛む蠧の音もきこえるばかり静な無風の状態がつづく。
「島守」中勘助(青空文庫)
末尾部(原文より)
舟をだす。讃むべきかな、島はもみじして鴛鴦のごとくにみえる。この島は国のはじめのころはたぶん一羽の鴛鴦だったのであろう。彼は禍津日の神の妬みにふれてただひとりの恋人をうしない嘆きのあまりにかような島となってしまった。それゆえ幾千年の後の世の今になっても秋がきてその子の子らがあの入江にわたってくると恩愛のきずなにひかれて美しい昔の姿をあらわすのである。 岬をまわるやいなや大きな浪がつづけざまにくるのを舟をかわしかわし湖畔についた。
「島守」中勘助(青空文庫)
原文を読む
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- 銀の匙 1913年(大正2年)4月