石原純の生涯と代表作
物理学と短歌のあいだで
- 生没
- 1881–1947
- 出身
- 東京都
- Wikipedia
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略歴
1881年(明治14年)、東京の牧師の家に生まれる。東京帝国大学で物理学を学び、大学院で長岡半太郎に師事した。1911年に東北帝国大学の助教授となり、翌年からヨーロッパに留学して、ゾンマーフェルトやアインシュタインらのもとで最先端の理論物理学を学ぶ。帰国後は教授となり、相対性理論や量子論の研究で1919年に帝国学士院恩賜賞を受けた。1922年(大正11年)のアインシュタイン来日の際には講演の通訳を務め、相対性理論を日本に広く紹介した。一方で、学生時代に伊藤左千夫に入門した歌人でもあり、アララギの創刊に参加している。1921年、歌人原阿佐緒との恋愛が報じられて大学を去り、以後は著述に専念した。歌集『靉日』を出して自由律短歌を推し進めるかたわら、岩波書店の雑誌『科学』の初代編集主任として科学の啓蒙に力を尽くした。1945年に交通事故で重傷を負い、1947年(昭和22年)に66歳で死去。