伊東静雄の生涯と代表作
孤独を歌う浪曼派の詩人
- 生没
- 1906–1953
- 出身
- 長崎県
- Wikipedia
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略歴
1906年(明治39年)、長崎県諫早町(現・諫早市)に生まれる。佐賀高等学校を経て京都帝国大学国文科を卒業し、大阪府立住吉中学校の教員となって生涯教壇に立った。同人誌「呂」「コギト」に詩を発表し、「日本浪曼派」に参加する。1935年に第1詩集『わがひとに与ふる哀歌』を刊行すると、萩原朔太郎が「日本にまだ一人、詩人が残つてゐた」と評して詩壇に認められた。1940年の第2詩集『夏花』は北村透谷記念文学賞を受け、のちに「四季」の同人となる。文語の格調と抽象的な語彙で孤独と愛を歌い、戦前から戦後にかけて作品を残した。1953年(昭和28年)、肺結核のため46歳で没した。
収録作品
- わがひとに与ふる哀歌 1935年(昭和10年)10月
- 詩集夏花 1940年(昭和15年)3月