木下杢太郎の生涯と代表作

詩も医学も本気

生没
1885–1945
出身
静岡県
文学史
  • 耽美派
Wikipedia
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略歴

1885年(明治18年)、静岡県伊東の廻船問屋の家に生まれる。本名は太田正雄。東京帝国大学医科大学に学びながら「明星」に詩を寄せ、北原白秋・石井柏亭らと「パンの会」を興して、南蛮文化とキリシタン趣味を織りこんだ耽美的な詩や戯曲を発表した。戯曲「南蛮寺門前」「和泉屋染物店」、詩集「食後の唄」などで知られる。一方で医学者としても一流で、皮膚科の泰斗としてハンセン病研究に大きな業績をあげ、東京帝国大学教授を務めた。植物写生の画帖「百花譜」も名高い。1945年(昭和20年)、敗戦の年に60歳で死去。「百花譜」は1943年から描き始めた植物写生で、約九百枚に及ぶ。詩や戯曲、医学研究と並び、身近な植物を細やかに観察して形と色を記録した仕事でもある。

収録作品

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