牧野富太郎の生涯と代表作
草木を愛した植物学者
- 生没
- 1862–1957
- 出身
- 高知県
- Wikipedia
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略歴
1862年(文久2年)、土佐国佐川村(現在の高知県高岡郡佐川町)の裕福な商家に生まれる。小学校を中退し、独学で植物学を学んだ。上京して東京大学の植物学教室への出入りを許され、1889年にはヤマトグサに学名を付けて、日本で初めて国内の雑誌に新種を発表した一人となる。東京大学の助手・講師を務めながら全国を歩いて標本を集め、生涯に命名した植物は1500種を超える。1927年に理学博士。1940年刊行の『牧野日本植物図鑑』は改訂を重ねて長く使われている。家計の苦しさに追われながらも研究をやめず、植物への愛情をつづった随筆も多い。旧暦の誕生日にちなむ4月24日は「植物学の日」とされる。1957年(昭和32年)、東京で94歳で死去。