新渡戸稲造の生涯と代表作

太平洋の橋とならん

生没
1862–1933
出身
岩手県
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略歴

1862年(文久2年)、陸奥国盛岡(現在の岩手県盛岡市)に盛岡藩士の三男として生まれる。札幌農学校の第2期生となり、同期の内村鑑三らとともにキリスト教の信仰に入った。東京大学に学んだのちアメリカとドイツに留学し、農業経済学などを修める。札幌農学校の教授を経て、療養中のアメリカで英文の『武士道』(1900年)を著し、日本人の倫理観を海外に紹介して広く読まれた。帰国後は京都帝国大学教授、第一高等学校校長、東京女子大学の初代学長などを務め、教養と人格を重んじる教育で多くの若者に影響を与える。1920年から国際連盟の事務次長として国際協調に尽くした。「太平洋の橋とならん」という言葉で知られ、五千円札の肖像にもなった。1933年(昭和8年)、会議出席のため滞在中のカナダで71歳で死去。

収録作品

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