プーシキンの生涯と代表作
- 生没
- 1799–1837
- 出身
- ロシア
- Wikipedia
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略歴
1799年、モスクワの古い貴族の家に生まれる。母方の曽祖父はピョートル大帝に仕えたアフリカ出身の軍人ガンニバルで、乳母が語るロシアの民話にも親しんで育った。ペテルブルク近郊の貴族学校リツェイに学び、在学中から詩才を認められた。自由を求める詩が政府ににらまれて南ロシアへ追われ、のちには母方の領地での謹慎も命じられたが、その間に物語詩や史劇『ボリス・ゴドゥノフ』、韻文小説『エヴゲーニー・オネーギン』を書き進めた。話し言葉を取り入れた明快な文体は近代ロシア語の文章語の基礎となり、「ロシア近代文学の父」と呼ばれる。散文にも力を注ぎ、賭けに取りつかれた青年将校を描いた「スペードの女王」(1834年)や長編『大尉の娘』を残した。1837年、妻をめぐる中傷から決闘に臨み、その傷がもとで37歳で死去。ゴーゴリやドストエフスキーをはじめ、後に続くロシアの作家たちに仰がれ続けた。
収録作品
- スペードの女王 1929年(昭和4年)