ランボーの生涯と代表作
- 生没
- 1854–1891
- 出身
- フランス
- Wikipedia
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略歴
1854年、フランス北東部、ベルギー国境に近いシャルルヴィルに生まれる。父は家を空けがちな軍人で、厳格な母のもとで育ち、学校ではラテン語詩で賞を重ねる神童だった。15歳ごろから詩を書き始め、1871年、詩人ヴェルレーヌに招かれてパリへ出ると、長詩「酔いどれ船」などで周囲を驚かせた。ヴェルレーヌとの破滅的な同居生活はブリュッセルでの発砲事件で終わり、散文詩集『地獄の季節』(1873年)や『イリュミナシオン』を残して、20歳前後で詩作を捨てた。その後はヨーロッパ各地を放浪し、アラビアのアデンやエチオピアのハラールで貿易商として働いたが、足の病のためフランスへ戻り、1891年、マルセイユで37歳で死去。「見者」として既成の言葉を壊そうとした詩は、象徴派から20世紀の詩人たちにまで大きな影響を与えた。日本でも上田敏や小林秀雄らが紹介し、中原中也の訳詩集『ランボオ詩集』は今も読み継がれている。
収録作品
- ランボオ詩集 1937年(昭和12年)9月