紫式部の名文

紫式部の作品から、よく知られた一節を集めました。

78件

紫式部日記

秋のけはひのたつまゝに、土御門殿のありさまいはむ方なくをかし。

中宮彰子の出産を控えた土御門殿の初秋を描く日記の書き出し。池や遣水、空の色と読経の声が静かに満ちる王朝の情景。

清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかりさかしだちまな書きちらして侍るほども、よく見ればまだいと堪へぬことおほかり。

紫式部が同時代の女房を評した有名な箇所。清少納言を厳しく批評し、才をひけらかす者の末を案じている。

和泉式部といふ人こそおもしろうかきかはしける。

紫式部が和泉式部を評した一文。手紙のやり取りの才を認めたうえで、このあと歌や人柄への留保が続く。同時代の女房評として名高い。

源氏物語

どの天皇様の御代であったか、女御とか更衣とかいわれる後宮がおおぜいいた中に、最上の貴族出身ではないが深い御愛寵を得ている人があった。

与謝野晶子の現代語訳による源氏物語の書き出し。原文の「いづれの御時にか」を平明な言葉で伝え、光源氏の母となる桐壺更衣の物語を始める。

「雀の子を犬君が逃がしてしまいましたの、伏籠の中に置いて逃げないようにしてあったのに」

北山で源氏が垣間見た少女(のちの紫の上)が、泣きながら尼君に訴える言葉。雀の子を逃がされて泣く無邪気な姿が、源氏と紫の上の運命的な出会いを印象づける(与謝野晶子による現代語訳)。

秋風が須磨の里を吹くころになった。海は少し遠いのであるが、須磨の関も越えるほどの秋の波が立つと行平が歌った波の音が、夜はことに高く響いてきて、堪えがたく寂しいものは謫居の秋であった。

都を離れて須磨に退いた源氏の侘び住まいの秋。在原行平の歌を踏まえた波音の描写が流謫の寂しさを際立たせる、物語屈指の名場面(与謝野晶子による現代語訳)。

若々しく貴女らしい声で、「朧月夜に似るものぞなき」と歌いながらこの戸口へ出て来る人があった。源氏はうれしくて突然袖をとらえた。

宮中の花の宴の夜、「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさみながら現れた女君の袖を、源氏がとらえる場面。朧月夜との危うい恋の始まりを告げる(与謝野晶子による現代語訳)。

「あの白い花を夕顔と申します。人間のような名でございまして、こうした卑しい家の垣根に咲くものでございます」

夕顔の花の名を随身が源氏に告げる場面。卑しい家の垣根に咲く花との出会いが、はかなく悲しい夕顔の物語を呼び込む。

そのころ世間から存在を無視されておいでになる古い親王がおいでになった。母方なども高い貴族で、帝の御継嗣におなりになってもよい御資格の備わった方であったが、時代が移って、反対側へ政権の行ってしまうことになった変動のあとでは、まったく無勢力な方におなりになって、外戚の人たちも輝かしい未来の希望を失ったことに皆悲観をして、だれもいろいろな形でこの世から逃避をしてしまい、公にも私にもたよりのない孤立の宮でおありになるのである。

宇治十帖の始まり。政争に敗れ宇治で世を忍ぶ八の宮の境遇を語る。ここから薫と宇治の姫君たちの物語が始まる。

春の光を御覧になっても、六条院の暗いお気持ちが改まるものでもないのに、表へは新年の賀を申し入れる人たちが続いて参入するのを院はお加減が悪いようにお見せになって、御簾の中にばかりおいでになった。

紫の上を亡くした源氏の悲しみを描く「幻」の書き出し。春の訪れにも心が晴れず、新年の客も避けて籠もる晩年の姿。

だれかがひそかに恋人として置いてあるのではあるまいかなどと、あのころ恨めしいあまりに軽蔑してもみた人であったから、その習慣で自身でもよけいなことを思うとまで思われた。

源氏物語の最後の一文。薫は、浮舟が誰かに囲われているのではと疑う——答えの出ないまま物語は閉じられ、余韻を残す。

光源氏、すばらしい名で、青春を盛り上げてできたような人が思われる。自然奔放な好色生活が想像される。しかし実際はそれよりずっと質素な心持ちの青年であった。

「帚木」の書き出し。華やかな名とは裏腹に恋には慎重な青年だったと語り、続く忍び歩きの話へ皮肉まじりに導く(与謝野晶子訳)。

空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな

寝所から逃れた女が脱ぎ残した薄衣を持ち帰った源氏の歌。蝉の抜け殻に女の面影を重ね、巻名と女君の呼び名「空蝉」の由来となった。

すわった背中の線の長く伸びていることが第一に目へ映った。はっとした。その次に並みはずれなものは鼻だった。

雪の朝、源氏が常陸宮の姫君の顔を初めてはっきり見る場面。先の垂れた赤い鼻が「末摘花(紅花)」のあだ名を生む、滑稽で哀れな一幕。

源氏の中将は青海波を舞ったのである。二人舞の相手は左大臣家の頭中将だった。人よりはすぐれた風采のこの公子も、源氏のそばで見ては桜に隣った深山の木というより言い方がない。

朱雀院行幸の試楽で、源氏が頭中将と青海波を舞う場面。美男の頭中将さえ見劣りさせる源氏の輝きを、桜と深山木の対比で描く。

とうとう前へ大臣家の車を立て並べられて、御息所の車は葵夫人の女房が乗った幾台かの車の奥へ押し込まれて、何も見えないことになった。

賀茂の御禊の見物で、葵の上の従者が六条御息所の車を押しのける「車争い」。この屈辱が御息所の心を深く傷つけ、物語を大きく動かす。

野の宮は簡単な小柴垣を大垣にして連ねた質素な構えである。丸木の鳥居などはさすがに神々しくて、なんとなく神の奉仕者以外の者を恥ずかしく思わせた。

伊勢へ下る斎宮に付き添う六条御息所を、源氏が野の宮に訪ねる場面。秋の神域を舞台にした別れの名場面の幕開け。

橘の香をなつかしみほととぎす花散る里を訪ねてぞとふ

苦境の中、源氏が故桐壺院の麗景殿女御を訪ね、昔をしのんで詠んだ歌。ほととぎすと橘の香に懐旧の情を託す。巻名と女君の呼び名の由来。

住吉の神が導いてくださるのについて、早くこの浦を去ってしまうがよい

嵐が続く須磨で、まどろむ源氏の夢に故桐壺院が現れて告げる言葉。この夢告げに導かれるように、源氏は明石へ移ることになる。

みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひける縁は深しな

住吉詣での帰り、難波で明石の君の舟に源氏が贈った歌。航路の目印「澪標」に「身を尽くし」を掛け、深い縁をうたう。巻名の由来。

尋ねてもわれこそ訪はめ道もなく深き蓬のもとの心を

帰京した源氏が、荒れ果てた邸で待ち続けていた末摘花を思い出し、露深い蓬を分けて訪ねる場面の歌。巻名の由来となった。

逢坂の関やいかなる関なれば繁きなげきの中を分くらん

逢坂の関で源氏の一行と行き合ったのち、源氏の手紙に空蝉が返した歌。人妻となった身で、久しぶりの便りに揺れる心をにじませる。

思い思いのことを主張する弁論を女院は興味深く思召して、まず日本最初の小説である竹取の翁と空穂の俊蔭の巻を左右にして論評をお聞きになった。

冷泉帝の後宮で絵の優劣を競う「絵合」の場面。『竹取物語』を最初の物語と位置づける一節で、物語史を語る資料としても名高い。

身を変へて一人帰れる山里に聞きしに似たる松風ぞ吹く

大堰の山荘で明石の君が源氏の形見の琴を弾くと、松風が合奏するように吹く。尼となった母君がそれを聞いて詠んだ歌で、巻名の由来。

入り日さす峯にたなびく薄雲は物思ふ袖に色やまがへる

藤壺の崩御ののち、念誦堂にこもって泣き暮らす源氏が、夕日の山にかかる鈍色の雲を見て詠んだ歌。人に言えぬ悲しみを喪の色に重ねる。巻名の由来。

春がよくなったり、秋がよくなったり、始終人の好みの変わる中で、私は冬の澄んだ月が雪の上にさした無色の風景が身に沁んで好きに思われる。

雪の夜、源氏が紫の上に語る言葉。興ざめなものとされた冬の月夜にこそ美の極みがあると説き、源氏の美意識を示す名高い一節。

やはり学問が第一でございます。日本魂をいかに活かせて使うかは学問の根底があってできることと存じます。

息子の夕霧をあえて六位から大学に学ばせる理由を、源氏が大宮に説く言葉。「大和魂」という語の早い用例として知られる一節。

恋ひわたる身はそれながら玉鬘いかなる筋を尋ね来つらん

亡き夕顔の娘を六条院に迎えた源氏が、紫の上の前で書き流した歌。夕顔を恋い続ける心とめぐり来た縁をうたい、巻名と女君の呼び名の由来となった。

年月をまつに引かれて経る人に今日鶯の初音聞かせよ

元日、手放した娘の明石の姫君へ明石の君が贈った歌。せめて初音を聞かせてほしいと、離れて暮らす母の思いを鶯に託す。巻名の由来。

花園の胡蝶をさへや下草に秋まつ虫はうとく見るらん

六条院の春の御殿の船楽ののち、紫の上が秋好中宮に贈った歌。春と秋の優劣を競う風雅な応酬で、巻名の由来。

夕方から用意して蛍を薄様の紙へたくさん包ませておいて、今まで隠していたのを、さりげなしに几帳を引き繕うふうをしてにわかに袖から出したのである。

兵部卿宮が玉鬘を訪れた夜、源氏が蛍を放って玉鬘の姿を照らし出す名場面。宮の恋心をあおろうとする源氏の屈折した思いがにじむ。

私の舌の性質がそうなんですね。小さい時にも母が心配しましてよく訓戒されました。

内大臣が引き取った娘・近江の君が、早口をたしなめられて答える言葉。あけすけな物言いが笑いを誘う、物語の中の喜劇的な場面。

篝火に立ち添ふ恋の煙こそ世には絶えせぬ焔なりけれ

秋の夜、玉鬘と琴を枕に並んで休んでいた源氏が、庭の篝火に託して詠んだ歌。消えることのない恋の炎をうたう、短い巻の要の場面。

気高くてきれいで、さっと匂いの立つ気がして、春の曙の霞の中から美しい樺桜の咲き乱れたのを見いだしたような気がした。

野分の日、屏風が畳まれた隙から夕霧が紫の上を初めて垣間見る場面。継母の美しさを樺桜にたとえる、名高い垣間見の一節。

帝は源氏の大臣にそっくりなお顔であるが、思いなしか一段崇高な御美貌と拝されるのであった。

大原野の行幸を見物した玉鬘が、冷泉帝の姿に目を奪われる場面。源氏に生き写しの帝の姿が、玉鬘の宮仕えへの心を動かす。

おなじ野の露にやつるる藤袴哀れはかけよかごとばかりも

祖母大宮の喪に服す玉鬘に、同じ喪服の夕霧が藤袴(蘭)の花を差し入れて詠んだ歌。姉と思っていた人への恋を打ち明ける。巻名の由来。

夫人は静かにしていて、可憐なふうに身体を横たえたかと見るうちに、起き上がって、大きな衣服のあぶり籠の下に置かれてあった火入れを手につかんで、良人の後ろに寄り、それを投げかけた。

玉鬘のもとへ出かけようとする鬚黒大将に、物の怪に憑かれた北の方が火取りの灰を浴びせる場面。家庭の崩壊を生々しく描く。

すべてのことは昔より悪くなっていく末世ではあっても、仮名の字だけは、どこまでおもしろくなっていくかと思われるほど、近ごろのほうがよくなった。

明石の姫君の入内の支度に名筆を集める源氏が、紫の上に語る仮名の書論。当時の仮名書道への関心を伝える一節。

わが宿の藤の色濃き黄昏にたづねやはこぬ春の名残を

夕霧と雲居雁の仲を長く許さなかった内大臣が、藤の花の宴に夕霧を招いた歌。和解と二人の結婚へとつながる、晴れやかな転機の場面。

目に近くうつれば変はる世の中を行く末遠く頼みけるかな

女三の宮が源氏に降嫁し、新婚の宮のもとへ通う源氏を前に、紫の上が書きすさんだ歌。変わらぬ仲と信じてきた心の揺らぎを静かに示す。

これは紅紫かと思われる濃い色の小袿に薄臙脂の細長を重ねた裾に余ってゆるやかにたまった髪がみごとで、大きさもいい加減な姿で、あたりがこの人の美から放射される光で満ちているような女王は、花にたとえて桜といってもまだあたらないほどの容色なのである。

六条院の女楽で描かれる紫の上の姿。女三の宮を柳、明石の女御を藤にたとえる中で、紫の上の美しさは桜でも足りないと讃える。

今はとて燃えん煙も結ぼほれ絶えぬ思ひのなほや残らん

死を覚悟した柏木が、震える手で女三の宮へ書き送った歌。火葬の煙となっても消えない恋の思いをうたう、悲恋の極みの一首。

横笛の調べはことに変はらぬをむなしくなりし音こそ尽きせね

柏木遺愛の横笛を一条御息所から託された夕霧の返歌。笛の調べは変わらないのに吹き手はもういないと、亡き友を悼む。巻名の由来。

大かたの秋をば憂しと知りにしを振り捨てがたき鈴虫の声

出家した女三の宮のもとで鈴虫の声を聞く秋の夜、宮が低くつぶやいた歌。世を憂しと知っても鈴虫の声は捨てがたいとうたう。巻名の由来。

山里の哀れを添ふる夕霧に立ち出でんそらもなきここちして

小野の山荘に落葉の宮を見舞った夕霧が、軒まで迫る霧を口実に帰らず思いを告げる歌。巻名と夕霧の呼び名の由来。

女ほど窮屈なものはありませんね。心の惹かれることも、恋しい感情も皆おさえて知らぬふうをしておとなしくしていなければならないのでは生きがいもなし、人生の退屈さと悲哀とを紛らすことができないではありませんか。

夕霧と落葉の宮の一件を聞いた後に語られる紫の上の述懐。女の生き方の窮屈さを嘆く、物語の中でもよく引かれる一節。

おくと見るほどぞはかなきともすれば風に乱るる萩の上露

秋風の夕べ、死期の近い紫の上が、風に乱れる萩の露に自らの命をたとえて詠んだ歌。源氏と明石の中宮が唱和する、最期の名場面。

光君がおかくれになったあとに、そのすぐれた美貌を継ぐと見える人は多くの遺族の中にも求めることが困難であった。

源氏亡き後を語り始める「匂宮」の書き出し。光源氏に並ぶ人のいない時代に、匂宮と薫という二人の貴公子が登場する。

心ありて風の匂はす園の梅にまづ鶯の訪はずやあるべき

娘を匂宮に縁づけたい大納言(柏木の弟)が、紅梅の枝に添えて宮へ贈った歌。梅を娘、鶯を匂宮になぞらえて訪れを促す。

人は皆花に心を移すらん一人ぞ惑ふ春の夜の闇

玉鬘の大君に恋する蔵人少将が、人々の心が薫に移るのを嘆いて詠んだ歌。春の夜の闇に一人迷う若者の恋の悩みをうたう。

立ち寄らん蔭と頼みし椎が本むなしき床になりにけるかな

八の宮の死後、宇治の山荘を訪ねた薫が、宮の居間の空の床を見て詠んだ歌。頼みとした師を失った悲しみをうたう。巻名の由来。

あげまきに長き契りを結びこめ同じところに縒りも合はなん

八の宮の一周忌の仏事の支度の折、総角結びの房にことよせて薫が大君に書いて見せた歌。結ばれたいという願いを込める。巻名の由来。

この春はたれにか見せんなき人のかたみに摘める峰のさわらび

姉の大君を亡くした中の君が、山寺の阿闍梨から届いた初蕨への返歌。父と姉を失った春の寂しさをうたう。巻名の由来。

やどり木と思ひ出でずば木のもとの旅寝もいかに寂しからまし

晩秋の宇治を訪れた薫が、常磐木にまとう蔦の紅葉を手折らせて口ずさんだ歌。昔の宿りを思う心をうたう。巻名の由来。

さしとむるむぐらやしげき東屋のあまりほどふる雨そそぎかな

三条の小家に隠れ住む浮舟を、雨の夜に薫が訪ねて縁先で詠んだ歌。催馬楽「東屋」を踏まえ、待たされる身をうたう。巻名の由来。

はかないあぶなっかしいものであると山荘の人が毎日ながめていた小舟へ宮は姫君をお乗せになり、船が岸を離れた時にははるかにも知らぬ世界へ伴って行かれる気のした姫君は、心細さに堅くお胸へすがっているのも可憐に宮は思召された。

匂宮が浮舟を抱いて小舟に乗せ、宇治川の対岸へ渡る名場面。有明の月の下、二人の危うい恋が頂点を迎える。

ありと見て手にはとられず見ればまた行くへもしらず消えしかげろふ

浮舟を失った後の夕暮れ、蜻蛉の飛び交うのを見た薫の独詠歌。宇治の姫君たちとの縁のはかなさをうたう。巻名の由来。

なきものに身をも人をも思ひつつ捨ててし世をぞさらに捨てつる

入水を図って救われた浮舟が、出家を遂げた翌朝に手習いとして書きつけた歌。一度捨てた世をさらに捨てた覚悟をうたう。

「雀の子を犬君が逃がしてしまいましたの、伏籠の中に置いて逃げないようにしてあったのに」

北山で源氏が垣間見た少女(のちの紫の上)が、飼っていた雀の子を逃がされて嘆く場面。幼い無邪気さが、源氏の心をとらえるきっかけとなる。

「気の毒な運命の花だね。一枝折ってこい」

源氏が夕顔の花を一枝折らせる場面の一言。この花が、隣家の女との贈答と恋の始まりをもたらす。

わが宿は花もてはやす人もなし何にか春の訪ねきつらん

紫の上亡き後の春に源氏が詠んだ歌。花を愛でた人はもういないのに、何のために春は訪れたのだろうと、深い喪失感を詠む。

ただ世間の人として見れば無難でも、実際自分の妻にしようとすると、合格するものは見つからないものですよ。

五月雨の夜、宿直所で女性論を戦わせる「雨夜の品定め」で左馬頭が語る言葉。妻選びの難しさを官吏の適材適所にたとえて論じていく。

なつかしき色ともなしに何にこの末摘花を袖に触れけん

姫君からの野暮な贈り物を前に、源氏が手紙の上へ書き流した歌。紅花の「末摘花」に赤い鼻を掛けたいたずら書きで、巻名と姫君の呼び名の由来。

歎きわび空に乱るるわが魂を結びとめてよ下がひの褄

物の怪に苦しむ葵の上の口から、六条御息所の声と様子で詠まれた歌。さまよい出た生霊が源氏に語りかける、物語屈指の怪異の場面。

少女子があたりと思へば榊葉の香をなつかしみとめてこそ折れ

野の宮で源氏が差し入れた榊をとがめる御息所の歌に、源氏が返した歌。神に仕える乙女のいる所と慕って折ったのだと答える。巻名の由来。

むつ言を語りあはせん人もがなうき世の夢もなかば覚むやと

明石の君のもとを初めて訪れた夜、源氏が詠みかけた歌。心を許して語り合える人がいれば、憂き世の夢も半ば覚めるだろうかと誘う。

八月に六条院の造営が終わって、二条の院から源氏は移転することになった。

四季の庭をもつ大邸宅・六条院の完成を告げる一文。この後、春夏秋冬の町に女君たちを住まわせる、源氏の栄華の舞台が描かれる。

神代以来この世であったことが、日本紀などはその一部分に過ぎなくて、小説のほうに正確な歴史が残っているのでしょう

物語に熱中する玉鬘に源氏が語る「物語論」の一節。正史よりも物語にこそ人の世の真実が残ると説き、作者の物語観を示すとされる。

今はとて宿借れぬとも馴れ来つる真木の柱はわれを忘るな

母とともに家を去る鬚黒の娘が、慣れ親しんだ柱の割れ目に差し込んだ歌。幼い別れの悲しみをうたう名歌で、巻名と姫君の呼び名の由来。

猫のあまりに鳴く声を聞いて、その人の見返った顔に余裕のある気持ちの見える佳人であるのを、衛門督は庭にいて発見したのである。

六条院の蹴鞠の日、唐猫の綱が御簾を引き上げ、柏木(衛門督)が女三の宮の姿を垣間見る場面。後の密通へとつながる運命の一瞬。

歳月はさかさまに進むものではないからね。あなたがたでも老いはのがれられないのですよ

朱雀院の御賀に向けた試楽の席で、密通を知った源氏が酔いにかこつけて柏木に向けた言葉。この一言に打ちのめされた柏木は病に伏していく。

たが世にか種は蒔きしと人問はばいかが岩根の松は答へん

柏木の遺児・薫を前に、源氏が女三の宮にそっとささやく歌。誰が蒔いた種かと問われたら松は何と答えるのかと、苦い思いをにじませる。

以前も一度こんなふうになった夫人が蘇生した例のあることによって、物怪のすることかと院はお疑いになって、夜通しさまざまのことを試みさせられたが、かいもなくて翌朝の未明にまったくこと切れてしまった。

萩の露の歌を詠んだ夜、紫の上が息を引き取る場面。かつて一度よみがえった例にすがる源氏の願いもむなしく、最愛の女君が世を去る。

この世のものとも思われぬ高尚な香を身体に持っているのが最も特異な点である。遠くにいてさえこの人の追い風は人を驚かすのであった。

生まれつき身に芳香をまとう薫を紹介する一節。この香りに対抗して匂宮が薫物に凝ることから、二人は並び称されるようになる。

見ているうちに何かの植物が枯れていくように総角の姫君の死んだのは悲しいことであった。

薫に最後まで身を許さなかった大君の臨終。草木が枯れるように静かに息絶える姿を描き、薫の深い喪失を刻む。

橘の小嶋は色も変はらじをこの浮舟ぞ行くへ知られぬ

宇治川の舟上で変わらぬ契りを誓う匂宮に、浮舟が返した歌。行方の知れない浮舟にわが身を重ね、巻名と女君の呼び名の由来となった。

袖ふれし人こそ見えね花の香のそれかとにほふ春のあけぼの

尼となった浮舟が、仏に供える紅梅を折らせたときの香りに詠んだ歌。袖を触れた人の面影を花の香に重ねる、春の名歌。

心あてにそれかとぞ見る白露の光添へたる夕顔の花

夕顔の花を載せた扇に書かれていた歌。あてずっぽうに、あの光る君ではと見ます、という機知に、源氏は意外な好感を抱く。

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紫式部