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紫式部日記(紫式部)のあらすじ・登場人物

宮廷の栄えと憂いを見つめる

  • 心理
  • 歴史
  • 古典

紫式部 

文字数
33,887字
読了目安
約1時間8分
表記
新字旧仮名
種別
随筆
舞台
  • 京都府

この作品について

平安時代の中期、紫式部が一条天皇の中宮(藤原道長の娘の彰子)に仕えた日々を書きとめた日記。寛弘5年(1008年)の秋、土御門殿で中宮が皇子(のちの後一条天皇)を産むまでの様子と、誕生を祝う産養の盛儀、舟遊びや行幸、五節の舞姫などの華やかな宮中の行事を、細やかな筆でつづる。その華やかさのなかで、うき世を厭う心や、年老いていく身の憂いをふと漏らすのも特色で、同僚の女房たちへの人物評、和泉式部や清少納言への批評、「源氏物語」を読んだ天皇から「日本紀の御局」とあだ名された出来事など、「源氏物語」の作者の素顔をうかがえる。成立は寛弘7年(1010年)頃とされる。本書は国文大観(丸岡桂・松下大三郎 共編、板倉屋書房、1906年)による原文で、国立国会図書館が公開する底本の画像とOCRテキストを照らし合わせて校正し、収録した。

あらすじ

寛弘5年(1008年)の秋、土御門殿では出産を控えた中宮のための不断の読経の声が響き、池のほとりの草木が色づいていく。作者は、そうした景色と人々の様子を見つめながら、うき世のなぐさめを中宮のもとに見いだす。九月十一日の明け方、中宮は皇子を産み、三日目・五日目・七日目の夜には産養の祝いが盛大に営まれ、道長をはじめ貴族たちが贈り物を捧げ、舟を浮かべて遊ぶ。十月には行幸があって人々は晴れがましく、作者は草紙づくりの手伝いにも加わる。十一月、五節の舞姫の華やぎや臨時の祭のさなか、作者は一年の暮れに「年くれてわが世ふけゆく風の音にこゝろのうちのすさまじきかな」と、わが身の老いと心の冷えを歌に託す。年が明けると若宮の戴餅の儀が営まれ、日記は、同僚の女房たちへの人物評に移る。和泉式部は手紙の走り書きに才を見せるが、行いにはよくないところがある、清少納言は得意顔の人だが、人と違おうとする者は行く末見劣りする、などと忌憚なく語り、あわせて、「日本紀の御局」とあだ名された出来事や、渡殿で戸を叩く人の音におびえて夜を明かしたことなどを記す。末尾は寛弘7年(1010年)正月、若宮たちの戴餅の儀と、そのあとの管弦の遊びの様子を記して終わる。

登場人物

冒頭部(原文より)

秋のけはひのたつまゝに、土御門殿のありさまいはむ方なくをかし。池のわたりの梢ども遣水のほとりの草むら、おのがじゝ色づきわたりつゝ、大かたの空もえんなるにもてはやされて、不断の御どきやうの声々あはれまさりけり。

「紫式部日記」紫式部(青空文庫)

末尾部(原文より)

右のおとゞ「和琴いとおもしろし」など聞きはやしたまひ、ざれたまふめりし。はてには、いみじきあやまちのいとほしきこそ見る人の身さへひえはべりしか。御贈物笛二箱に入れてとぞ見え侍りし。

「紫式部日記」紫式部(青空文庫)

名文

秋のけはひのたつまゝに、土御門殿のありさまいはむ方なくをかし。

中宮彰子の出産を控えた土御門殿の初秋を描く日記の書き出し。池や遣水、空の色と読経の声が静かに満ちる王朝の情景。

清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかりさかしだちまな書きちらして侍るほども、よく見ればまだいと堪へぬことおほかり。

紫式部が同時代の女房を評した有名な箇所。清少納言を厳しく批評し、才をひけらかす者の末を案じている。

和泉式部といふ人こそおもしろうかきかはしける。

紫式部が和泉式部を評した一文。手紙のやり取りの才を認めたうえで、このあと歌や人柄への留保が続く。同時代の女房評として名高い。

原文を読む

原文はアプリに収録しています(縦書きで読めます)。底本:丸岡桂・松下大三郎 共編「國文大觀 日記草子部」(板倉屋書房、1906年)所収の「紫式部日記」。国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている底本の画像と、同館「次世代デジタルライブラリー」のOCRテキスト(パブリック・ドメイン)をもとに、画像と照らし合わせて校正し、紫式部日記の本文だけを収録した(本文の脇の異本の注記・傍注は省き、変体仮名は通行の仮名に改めた)。旧字は新字に改めた(仮名遣いは底本のまま)。

底本の画像を見る

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