中原中也の名文
中原中也の作品から、よく知られた一節を集めました。
9件
夏の夜の博覧会は、かなしからずや
夏の夜の博覧会は、哀しからずや 雨ちよと降りて、やがてもあがりぬ 夏の夜の、博覧会は、哀しからずや
中原中也「夏の夜の博覧会は、かなしからずや」(1936年末作)の冒頭。幼い長男文也を亡くした直後、親子三人で出かけた博覧会を回想する。繰り返される「かなしからずや」が、楽しかった夜を哀切に変える。
山羊の歌
汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる 汚れつちまつた悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる
同じ一行を繰り返しながら降り積もっていく、中也の代表作。名づけようのない悲しみを、ただ「汚れつちまつた」とだけ言い置く。
頭倒さに手を垂れて 汚れ木綿の屋蓋のもと ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
代表作「サーカス」の一節。ブランコの揺れをそのまま音にした畳句が、中也の詩のもっとも知られた響きとなった。
私の上に降る雪は 真綿のやうでありました
「生ひ立ちの歌」の書き出し。幼年時から現在まで、自分に降る雪のたとえを変えてゆくことで、中也は自らの半生の移り変わりを歌う。
在りし日の歌
月夜の晩に、ボタンが一つ 波打際に、落ちてゐた。
「月夜の浜辺」の冒頭。拾ったボタンをどうすることもできないまま繰り返しうたい、理由のつかない愛惜だけを残す。
秋の夜は、はるかの彼方に、 小石ばかりの、河原があつて、 それに陽は、さらさらと さらさらと射してゐるのでありました。
「一つのメルヘン」の冒頭。誰もいない河原に降る陽を音のように描き、亡き子への哀しみを澄みきった幻想へ昇華させた晩年の絶唱。
思へば遠く来たもんだ 十二の冬のあの夕べ 港の空に鳴り響いた 汽笛の湯気は今いづこ
「頑是ない歌」の書き出し。少年の日に聞いた汽笛を思い出しながら、そこから遠く隔たってしまった今の自分を振り返る、郷愁に満ちた一節。
ホラホラ、これが僕の骨だ、 生きてゐた時の苦労にみちた あのけがらはしい肉を破つて、 しらじらと雨に洗はれ、 ヌックと出た、骨の尖。
詩「骨」の書き出し。死後の自分の骨を眺めるという奇抜な発想を「ホラホラ」という軽い呼びかけで始め、生の苦しみと滑稽さを同時に描く。
長門峡に、水は流れてありにけり。 寒い寒い日なりき。 われは料亭にありぬ。 酒酌みてありぬ。 われのほか別に、 客とてもなかりけり。 水は、恰も魂あるものの如く、 流れ流れてありにけり。 やがても密柑の如き夕陽、 欄干にこぼれたり。 ああ! ――そのやうな時もありき、 寒い寒い 日なりき。
詩「冬の長門峡」の全編。故郷山口の渓谷の料亭で一人酒を酌む情景を、文語の静かな反復で描く。長男を亡くした悲しみの中で書かれたとされ、深い喪失感がこもる。