梟啼く(杉田久女)のあらすじ・登場人物
病弱な弟を偲ぶ姉の回想
- 文字数
- 6,918字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
杉田久女が、病弱だった幼い弟の記憶を綴った短い文章。体が弱く、癇癪の強かった弟が、やさしい心根と聡明さをもちながら早くに亡くなっていくまでが、姉の目で静かに回想される。『ホトトギス』に載った初期の散文で、のちの俳人の筆の確かさがうかがえる。
あらすじ
久女にはたった一人の弟があった。鹿児島で生まれたこの弟が四歳のとき、お月見の夜に女中の不注意で三階の手すりから落ち、前額を四針縫うほどの大怪我をした。その後、体を大地に打ちつけた影響で病身になり、全身に蚤の食い痕のような紫の斑点が出て、癇癪も強くなり、泣くたびに歯の間から血がにじんだ。それでも、ほかの時にはほんとうに聡明でやさしい、誰にでも愛されやすい子だった。五人兄妹の末っ子でもあり、厳しい家風の中で育つ。やがて弟は亡くなり、先祖の碑の傍らに葬られた。弟が死んでからもう二十二年になるが、あの憐れな死に様は今も念頭を去らず、六つの時の面影をなつかしく思い出す、と結ぶ。
冒頭部(原文より)
私には信光というたった一人の弟があった。鹿児島の平の馬場で生れた此弟が四つの年(その時は大垣にいた)の御月見の際女中が誤って三階のてすりから落し前額に四針も縫う様な大怪我をさせた上、かよわい体を大地に叩き付けた為め心臓を打ったのが原因でとうとう病身になってしまった。弟の全身には夏も冬も蚤の喰った痕の様な紫色のブチブチが出来、癇癪が非常に強くなって泣く度に歯の間から薄い水の様な血がにじみ出た。私達の髪をむしった。だけども其他の時にはほんとに聡明な優し味をもった誰にでも愛され易い好い子であった。五人の兄妹の一番すそではあったし厳格な父も信光だけは非常に愛していた。家中の者も皆此の病身ないじらしい弟をよく愛しいたわってやった。弟は私が一番好きであった。病気が非常に悪い時でも私が学校から帰るのを待ちかねていて「お久しゃんお久しゃん」と嬉しがって、其日学校で習って来た唱歌や本のお咄を聞くのを何より楽しみにしていた。鳳仙花をちぎって指を染めたり、芭蕉の花のあまい汁をすったりする事も大概弟と一処であった。
「梟啼く」杉田久女(青空文庫)
末尾部(原文より)
それから丸一年を嘉義に過し其後台北に来、東都に帰った後も尚お暫らく弟の遺骨はあの白布の包みのまま棚の上に安置して、弟の子供の時の写真と共々、いつも一家のものの愛惜の種となっていたが、桜木町に居を定めて後、一年の夏、父母にまもられて、父の故国松本城の中腹にあつく先祖の碑の傍らに葬られた。 弟が死んでからもう二十二年になるが、あの様な地で憐れな死に様をした弟の事は今も私の念頭を去らず、死に別れた六つの時の面影が幽かながらなつかしく思い出されるのである。 (「ホトトギス」大正七年十一月)
「梟啼く」杉田久女(青空文庫)
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