今の写生文(島村抱月)のあらすじ・登場人物
写生文は下絵である
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- 1,686字
- 読了目安
- 約3分
- 表記
- 旧字旧仮名
この作品について
自然主義の理論的支柱となった評論家・島村抱月が、明治40年(1907年)3月の「文章世界」に寄せた短い文芸時評。正岡子規に始まり当時の文壇で盛んだった「写生文」とは何かを、西洋の書物と並べて比べながら確かめてゆく。写生文は絵の下絵のように未完成で無形式なものだと言い切りながら、それゆえ小説や劇を志す若者の手習いには最もよいと勧め、芸術品であるためには必ず中心点が要ると結ぶ。短いながら抱月の批評の骨格がよく見える一篇。
あらすじ
抱月はまず、英国のホワイト『セルボーンの博物学』を引き合いに出す。日ごとの出来事を書翰体で綴ったその筆法は写生的で、読者はさながらその境にあって親しく物に接している感じがある。けれどもこの書物はわが国の写生文とは違う。わが国の写生文は文学だが、これは博物学の説明に姑らく文学の形を借りたものに過ぎず、趣意が全然違うから並べて比較するわけにはいかない、と抱月は退ける。西洋で最も古い写生文はボッカチオの『デカメロン』の緒言だろう——フロレンスに悪疫が猖獗を極め、片附けるものもない死屍を餓えた犬が貪り食う惨状を歴然と描き出したくだりは、疑いもなき写生文である。しかしそれも古い写生文だというだけで、今のわが国の写生文とどう関係があるというのでもない。では今の写生文とは何か。抱月の答えは辛い。それは未完成のもの、無形式のもので、それだけで完成したものとは見られない。いわば手習いにいい、他日完成したものを作るべき準備として筆ならしをするにいい、筆力を養うにいい。それのみで満足して進まなかったなら、あるいは何の役にも立たぬかも知れぬ——ただし未完成のものがすべて興味を欠くとは限らない。レンブラントのスケッチ、雪舟の墨絵、メンツェルのスケッチ。下絵には下絵の一種の興味がある。写生文の興味もそれと同じだと抱月は言う。だからこそ、これから小説を書こう劇を書こうという若い人々が、まず手習いとしてやるには最もよいものだろう、と。最後に抱月は一歩を進める。渾然たる一芸術品たろうとするには、必ず一つの中心点がなければならない。それが形式の上に現れていなくともよいが、無ければ芸術品たる約束に違っている。この意味から今の写生文には自ら二種の別がある。一は全然無形式で未完成のもの、他は作者の内生命——感じの上に一種の形式のあるもの。後者は形式もあり完成されてもいる、と抱月は認める。
冒頭部(原文より)
▲英國現代の文學者に、ホワイトといふ人がある。わが國ではまだ知られてゐない、英國の讀書界、殊に家庭の間には、非常に持て囃されてゐる。その人の作に、『セルボーンの博物學』と云ふ書物がある。全編書翰體で、セルボーンから寄せたやうになつてゐる。今日は森に入つて、こんな珍らしい草花を發見したとか、今日はかういふ樹木を見たとか、今日はかういふ鳥を見たとか、日ごと/\の出來事を書いたものだが、その筆法がいかにも寫生的か、讀者はさながらその境にあつて、親しくその物に接してゐるやうな感じがある。
「今の写生文」島村抱月(青空文庫)
末尾部(原文より)
▲兎に角、凡て渾然たる一藝術品たらんとは、必ず一の中心點がなければならぬ。しからずして、唯だ、散漫の描寫たるに止つて、中心點がなければ、其處に吾人は快感を感ずることが出來るものではない。中心點は、必ずしも形式の上に現はれてゐなくともよいが、是非共なくてはならぬものである。もし全く無ければ、それは藝術品たる約束に違つてゐるものである。 ▲この意味から、現今の寫生文に、自ら二種の別あるといふことがいへる。一は全然無形式で、未完成のもの、他は内生命即ち感じの上に一種の形式のあるものである。(明治四十年三月)
「今の写生文」島村抱月(青空文庫)
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