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序に代えて人生観上の自然主義を論ず(島村抱月)のあらすじ・登場人物

今は懺悔の時代である

島村抱月 1909年(明治42年)6月 「書き下ろし」

文字数
5,459字
読了目安
約11分
表記
新字新仮名

この作品について

明治42年(1909年)、島村抱月が評論集『近代文芸之研究』の序に代えて掲げた自己省察の一篇。自然主義の理論的支柱と目された当人が、「私にはまだ人生観を論ずる資格はない」と書き起こし、自分を動かしているのは信仰でも真理でもなく「諦め」と「知識」だと徹底して暴いてゆく。道徳の底にも同情の底にも自己がいる——そう見抜いてしまった知識の前では、あらゆる人生観が信仰価を失う。行き着いた結論は「今は懺悔の時代である」。自然主義の思想的な芯を、他人にではなく自分に向けて突き立てた評論である。

あらすじ

最近両三年の芸術論を総括するにあたり、抱月はこれに人生観論を裏づけする必要を感じた。だが人生観とは実行的人生の理想または帰結を標榜することではないか。もしそうなら自分にはまだ論ずる資格がない——四十の坂に近づいて顧みる心は依然として空虚な廃屋のようで、床の抜けたのや屋根の漏るのを防ぐ一時凌ぎばかりだ、と抱月は書き起こす。ではその日々を支配しているものは何か。それはやはり陳い普通道徳にほかならない。しかし彼はそれを最上のものとは信じ得ず、不平も反抗も冷笑も疑惑も絶望もありながら、思い切って蹂躙する勇気はなく、因襲力にずるずると引きずられてゆく。結局そこにあるのは「しかたがないから」という諦めだけである。何が自分を諦めさせるのか。神でも信仰でもなく、自分の知識だ、と抱月は答える。道徳を破ればすぐ次の将来の自己の生が威嚇される。名といい利といい身といい家という、その底には必ず「自己の生」という一石がある。安値な同情もまた、自分に近いものほど濃厚になるのが確かな事実であり、義務や理想のために機械となる行為さえ、突き当たるのは自己を愛する心の変形ではないかという疑いである。かくして知識は普通道徳を一つの方便として成就させると同時に、そこから崇高さも荘厳さも奪い去ってしまう。開眼して見れば顔を出すのは神でも仏でもなく自己である——だが、その新しい自己道徳は仰ぎ見るべき情味を少しも催さない。讃仰と憧憬の対象を失って、一面灰色の天地が果てしもなく眼前に横たわる。抱月はこれを第一義欲または宗教欲の発動と名づけ、赤い血の色や青い空の色も欲しいという気持を捨て切れぬまま、両端をさまよう不定不安の生を認める。信じ得る人の心は平和だが、批評する人の心はいつも遑々としている。ここに至って彼は自分の強梁な知識そのものを呪いたくなる。それゆえ今は一定の人生観論を立てるに堪えない、疑惑不定のありのままを懺悔するに適している。「虚偽を去り矯飾を忘れて、痛切に自家の現状を見よ、見て而してこれを真摯に告白せよ」。この意味で今は懺悔の時代である、と抱月は言い切る。余論として彼は、ルソーの「自然に還れ」、ニーチェの本能論、ツルゲーネフやトルストイの虚無思想といった、史上いわゆる「人生観上の自然主義」を一つずつ検討するが、そのいずれもが自分にとっては疑惑内の一事実を提示するに止まり、最後の解決とはならないと結ぶ。

冒頭部(原文より)

 私は今ここに自分の最近両三年にわたった芸術論を総括し、思想に一段落をつけようとするにあたって、これに人生観論を裏づけする必要を感じた。  けれども人生観論とは畢竟何であろう。人生の中枢意義は言うまでもなく実行である。人生観はすなわち実行的人生の目的と見えるもの、総指揮と見えるものに識到した観念でないか。いわゆる実行的人生の理想または帰結を標榜することでないか。もしそうであるなら、私にはまだ人生観を論ずる資格はない。なぜならば、私の実行的人生に対する現下の実情は、何らの明確な理想をも帰結をも認め得ていないからである。人生の目的は何であろうか。われらが生の理想とすべきものは何であろうか。少しもわかっていない。

「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」島村抱月(青空文庫)

末尾部(原文より)

 されば現下の私は一定の人生観論を立てるに堪えない。今はむしろ疑惑不定のありのままを懺悔するに適している。そこまでが真実であって、その先は造り物になる恐れがある。而してこの私を標準にして世間を見渡すと、世間の人生観を論ずる人々も、皆私と似たり寄ったりの辺にいるのではないかと猜せられる。もしそうなら、世を挙げて懺悔の時代なのかも知れぬ。虚偽を去り矯飾を忘れて、痛切に自家の現状を見よ、見て而してこれを真摯に告白せよ。この以上適当な題言は今の世にないのでないか。この意味で今は懺悔の時代である。あるいは人間は永久にわたって懺悔の時代以上に超越するを得ないものかも知れぬ。

「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」島村抱月(青空文庫)

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