湖畔手記(葛西善蔵)のあらすじ・登場人物
湖のほとりで妻へ綴る手記
- 文字数
- 21,632字
- 読了目安
- 約43分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 栃木県
この作品について
葛西善蔵が1924年(大正13年)に発表した中編で、奥日光の湯元温泉に逃れてきた作家の「自分」が、郷里の妻にあてるつもりで書き始めた手記の形をとる。東京の下宿での行き詰まった暮らし、同棲するおせいとの醜い諍い、金策の当てもないまま上野駅から汽車に乗った日の経緯が、湯ノ湖のほとりの宿の日々と交互に語られる。旅館の素朴な娘たちとのやりとりや、湖の水神祭の船競漕、二十年前に戦場ヶ原で一夜の宿を借りた思い出などが、喀血した友人Kの容態の知らせと重なっていく。日付を追う日記のような記述のなかに短歌や漢詩の句が差し挟まれ、湖の憂鬱な色が全体を染めている。
あらすじ
九月、作家の「自分」は、悲鳴を揚げるような思いで奥日光の湯元温泉まで逃げてきた。蝦蟇口は来る途中で空になり、十円の金を頼める当てもない。旅館の二階から憂鬱な湖面を眺めながら、「自分」は郷里の妻にあてて手記を書き始める。
東京では、雑誌に一つも書けずに無収入となり、下宿代の金策に歩き回った日、前夜おせいと醜い掴み合いをしたうえ、喀血して寝ている親友Kを見舞って気が滅入った。妊娠三か月だというおせいの待つ下宿へ帰る気になれず、恋人と信州の温泉をめぐっている友人Sの絵葉書に胸を突かれ、二十年前に戦場ヶ原で木挽き小屋に泊めてもらった思い出に誘われて、そのまま汽車に乗ったのだった。
宿では、あい子やなか子ら素朴な娘たちが酌をしてくれ、湖の水神祭の船競漕を見物し、月夜の湖に舟を出して娘たちの合唱を聞く。しかし熱と神経痛に悩まされ、仕事は少しも進まない。おせいへの嫌悪と憐れみ、妻子への負い目、謹直な男だったSが家庭を壊しかねない恋に身を焼いている姿、そして自分たち「哀しき仲間」は肺病か狂気に倒れる運命なのではないかという思いが、酒に頼る夜ごとに去来する。
Kの細君からは、もう病人は駄目だという葉書が届く。十月三日、湖畔の新道を歩いて帰ると、Kの死を知らせる電報が待っていた。婦人雑誌に載った「欺く」がKの絶筆となった。宿代に縛られて山を下りられない「自分」は、Kの遺骨が東京を発つ夜、湯滝の上の橋に立ち、手を合わせて親友の霊の光栄を信じると祈る。
登場人物
- 自分 奥日光の湯元温泉に逃れてきた作家。妻子と別れて暮らし、おせいとの関係に苦しむ
- おせい 東京の下宿で「自分」と暮らす女。妊娠三か月だという
- K 「自分」の十五年来の親友の作家。喀血して病床にある
- S 「自分」の友人の作家。謹直な家庭人だったが、激しい恋に身を焼いている
- あい子 宿の女中。素直でやさしい二十歳の娘
冒頭部(原文より)
たうとうこゝまで逃げて來たと云ふ譯だが――それは實際悲鳴を揚げながら――の氣持だつた。がさて、これから一體どうなるだらう、どうするつもりなんだらうと、旅館の二階の椅子から、陰欝な色の湖面を眺めやつて、毎日幾度となく自問自答の溜息をついた。海を拔くこと五千八十八尺の高處、俗塵を超脱したる幽邃の境、靈泉湧出して云々――と書き出してある日光湯本温泉誌と云ふのを、所在ないまゝに繰りひろげて讀んで見ても、自分の氣持は更にその境に馴染んで來なかつた。よくもこゝまで上つて來たものではある、が今度はどうして下れるか、自分の蟇口は來る途中でもう空になつてゐた。どこに拾圓の金を頼んでやれる宛はないのである。心細さの餘り、自分はおゝ妻よ! と、郷里の妻のことを思ひ浮べて、幾度か胸の中に叫んだ。でこの手記は、大體妻へ宛てゝ書くつもりだが、が特に何かの理由を考へ出したと云ふ譯では無論ないのだ。昨日――九月九日のある東京新聞の栃木版に、生ける屍の船長夫妻と云ふ見出しで、船の衝突で多數の人命を失つた責任感から、夫妻で家出して、鹿沼町の黒川と云ふ川に深夜投身自殺を計つたが、未遂で搜し出されたと云ふ記事を自分は寢床の中で讀んだが、町の人々の間にはそれが狂言自殺だなぞと云ふ非難もあると書かれてゐるが、そんな年配の夫婦が狂言自殺?――そんなことがあり得るだらうか。そしてまた、その生ける屍と云ふ文句が、自分の聯想を更に暗い方に引いて行つた。
「湖畔手記」葛西善蔵(青空文庫)
末尾部(原文より)
新聞の廣告で、「欺く」が十月號で發表されることを知つた。そして彼の絶筆が、創作欄に入れられず、趣味欄と云ふところに入れられてあつたと云ふことは、不遇作家としてのKの一生を、何よりも有力に語つてゐるものだ。そしてこの、「欺く」の作者ほど、自をも他をも欺き得なかつた人を、自分はほとんど知らない。 (キムラサンアスヨル八ジタツ)八日午後おせいが打つた電報である。自分はその時刻に、湖畔の暗い道を十二三町、湖水の落ち口、湯瀧の上に新道でかけられた巖丈な荒削りの橋の上に立つた。宿の階下では二百人近い學生の團體客が、食後の茶話會とかで大騷ぎをしてゐた。自分は獨りで酒を飮んでゐるに堪へない氣持だつた。高さ四十五丈、巾數丈と云ふ瀧の音は、橋の上に立つた自分の脚をわなゝかせた。後ろは暗い死のやうな湖面だつた。自分は手を合はして默祷した。「Kよ許せ!……」細君と叔父に護られ、二三の友人に車窓まで見送られて、一壺の骨となつて、今や永久に彼には辛らかりし都會を去るのだ。そして彼は最早「悲鳴を揚ぐる」の人ではないのだ。悲鳴を揚げつゝ登つて來て、十五年來の親友の死すら見送りに行けない自分も、決して幸福ではないのだ。彼は有名無名――そんなことを死際まで氣にしてゐるやうな男ではなかつた。咯血後最初に見舞つた時に、自分には彼の覺悟がわかつた氣がした。無名にして陋巷に窮死する――それもこれも仕方がないのだ。是モ好シ山堂無月ノ夜、一天ノ星斗闌干ニ墮ツ――さうだ、Kよ! 自分は心から君の靈の光榮を信ずる。
「湖畔手記」葛西善蔵(青空文庫)
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