椎の若葉(葛西善蔵)のあらすじ・登場人物
椎の若葉に光りあれ
- 文字数
- 7,050字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
- 神奈川県
この作品について
葛西善蔵が1924年(大正13年)7月の「改造」に発表した短編。関東大震災のあと、本郷の下宿に住む「僕」が、梅雨晴れの朝、窓から見える他家の庭の椎の若葉の美しさに、自分の生き方の醜さを省みるところから始まる。建長寺の塔頭で暮らしていた鎌倉時代に知り合った女性・おせいとのいきさつ、そして鎌倉へ出かけた日に起きた騒ぎが、酔いの残る饒舌な語りで、言い訳や脱線を交えながら打ち明けられていく。自らを「自己小説家」と呼び、身辺の失態をそのまま書く私小説の作家の姿が、話し言葉のような文体によく表れた作品である。
あらすじ
六月半ば、梅雨晴れの朝、本郷の下宿の二階から、よその屋敷の庭の椎の若葉が光を浴びて輝いているのを眺め、「僕」は自分の弱りかけた、間違いだらけの生き方を思い知る。五月の末、同棲していたおせいは、父親と義兄に連れ戻されていた。
六月十二日、「僕」は震災後初めて鎌倉へ出かける。おせいの家がバラックで始めた飲食店の様子を見て、母親とも話をつけるつもりだった。おせいの義兄・小池さんとも話がつき、懐かしい建長寺を訪ねて、かつて暮らした宝珠院の跡に涙ぐみ、知人の寺でご馳走になっていたところへ、おせいの父親が現れる。酒の勢いもあって気分はこじれ、帰りにまた飲食店に寄った「僕」は、そこで乱暴を働いたらしい。夜、下宿に帰ると新聞社から電話があり、仲裁に入った男を蹴って気絶させたという通信の真偽を問われ、翌朝の新聞に釈明が載る。翌十三日は父の命日だった。
「僕」は、娘の頬を打って以来、手を上げることを呪ってきたのにと悔やみ、女というものの正体も、自分の過失の責任の取り方もわからないと嘆く。結局は郷里の土地を売った以上、妻子のもとへ帰るほかない。思いのふさぐ時に力を与えてくれるのは、窓の外の椎の若葉だけであり、「僕」は、朽ちかけた自分の葉にもその光を分けてくれと呼びかける。
登場人物
- 僕 本郷の下宿に住む作家。鎌倉の建長寺で暮らした時代に知り合ったおせいとの関係に悩む
- おせい 鎌倉の茶店の娘。「僕」の下宿に来ていたが、家族に連れ戻される
- おせいの父親 鎌倉の茶店・招寿軒の主人
- 小池さん おせいの義兄。両者のあいだに入って話をまとめようとする
冒頭部(原文より)
六月半ば、梅雨晴れの午前の光りを浴びてゐる椎の若葉の趣を、ありがたくしみ/″\と眺めやつた。鎌倉行き、売る、売り物――三題話し見たやうなこの頃の生活ぶりの間に、ふと、下宿の二階の窓から、他家のお屋敷の庭の椎の木なんだが実に美しく生々した感じの、光りを求め、光りを浴び、光りに戯れてゐるやうな若葉のおもむきは、自分の身の、殊にこのごろの弱りかけ間違ひだらけの生き方と較べて何と云ふ相違だらう。人間といふものは、人間生活といふものは、もつと美しくある道理なんだと自分は信じてゐるし、それには違ひないんだから、今更に、草木の美しさを羨むなんて、余程自分の生活に、自分の心持ちに不自然な醜さがあるのだと、此の朝つく/″\と身に沁みて考へられた。
「椎の若葉」葛西善蔵(青空文庫)
末尾部(原文より)
(大正十三年六月)
「椎の若葉」葛西善蔵(青空文庫)
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