尾崎放哉選句集(尾崎放哉)のあらすじ・登場人物
咳をしてもひとり
- 文字数
- 9,152字
- 読了目安
- 約18分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
「咳をしてもひとり」「墓のうらに廻る」——自由律俳句の代表的俳人・尾崎放哉の句を、中学時代から最期の小豆島時代まで年代順に選んだ句集。エリートの座を自ら捨て、寺の堂守として無一物の晩年を送った放哉の生涯が、各時代の短い解説とともにたどれるように編まれている。季語も五七五も持たない、切りつめられた一行の言葉が、そのまま孤独のかたちになっている。
あらすじ
中学時代・一高時代・大学時代・東京時代・京城長春時代・一燈園時代・須磨寺時代・小浜時代・京都時代・小豆島時代——尾崎放哉の一生をたどる十章立てで句が並ぶ。はじめのころの句は「きれ凧の糸かかりけり梅の枝」「露多き萩の小家や町はづれ」といった、季語を持つ端正な定型句である。一高・東京帝大を出て保険会社の重役にまでのぼりながら、酒に溺れて職も家庭も失い、すべてを捨てて京都の一燈園に入ってからの句は、しだいに型を脱ぎ捨ててゆく。須磨寺・小浜・京都と寺を転々とし、最後にたどりついた小豆島の南郷庵で詠まれた作品では、言葉はぎりぎりまで削ぎ落とされた。「入れものが無い両手で受ける」「墓のうらに廻る」「せきをしてもひとり」——五七五にも季語にも支えられない、たった一行の裸の言葉が、無一物の暮らしと底知れない孤独をそのまま差し出す。「あすは元日が来る仏とわたくし」「肉がやせて来る太い骨である」。そして「すつかり病人になつて柳の糸が吹かれる」「春の山のうしろから烟が出だした」の句を最後に、放哉は四十一年の生涯を閉じる。
冒頭部(原文より)
きれ凧の糸かかりけり梅の枝 水打つて静かな家や夏やなぎ 木の間より釣床見ゆる青葉かな よき人の机によりて昼ねかな 露多き萩の小家や町はづれ
「尾崎放哉選句集」尾崎放哉(青空文庫)
末尾部(原文より)
せきをしてもひとり 墓地からもどつて来ても一人 墓のうらに廻る あすは元日が来る仏とわたくし すつかり病人になつて柳の糸が吹かれる 春の山のうしろから烟が出だした
「尾崎放哉選句集」尾崎放哉(青空文庫)
名文
せきをしてもひとり
「咳をしても一人」とも記される自由律俳句の絶唱。わずか九音で、独り病む者の孤独を極限まで研ぎ澄ました。
入れものが無い両手で受ける
何も持たぬまま差し出された両手だけを詠んだ一句。無一物に徹した放哉の暮らしが、そのまま句のかたちになっている。
こんなよい月を一人で見て寝る
独り暮らしの庵で月を眺める句。これほどの月を分かち合う人のいない寂しさと、それでも満ち足りた静けさとが、短い言葉のなかで溶け合う。
墓のうらに廻る
わずか七音の自由律俳句。墓の裏へ回るという何気ない動作だけを示し、死者と向き合う心の動きを読む者に委ねる。
肉がやせて来る太い骨である
病に痩せていく自分の身体を見つめた句。肉が落ちて骨の太さがかえって際立つという即物的な描写に、死を間近にした放哉の冷静なまなざしがある。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。