我が子の死(西田幾多郎)のあらすじ・登場人物
子を失った哲学者の悲しみ
- 文字数
- 4,491字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
西田幾多郎が、幼い我が子を失った悲しみを綴った随筆。旧友・藤岡作太郎(東圃)もまた娘を亡くしており、同じ悲しみを抱えた二人が言葉少なに相対する情景から筆は起こされる。親の愛の純粋さ、諦めよ忘れよという世の慰めのむごさ、そして死の問題を解決することこそ人生の一大事であるという思索へと深められてゆく、哲学者・西田の情と知が一つに溶け合った名文である。
あらすじ
西田は、親友・東圃君の娘の死をともに悼むうち、自らも六つになる次女を亡くし、かえって友から慰められる身となったことを記す。同じ悲しみを負う二人は、久しぶりに相対しても亡児のことを一言も口にできず、ただ軽く弔辞を交わすばかりだった――至誠は言葉に表せぬところにこそあると西田は言う。親の愛には一毫の利害もなく、ただわけもなく愛おしい。女の子でよかった、ほかにも子があるからといった世の慰めは慰めにならず、諦めよ忘れよという言葉は親にとって堪えがたい苦痛であって、親はむしろこの悲しみが去ることを欲しないのだと綴る。やがて思索は、愛らしかった者が忽ち白骨と化すこの事実の前で、死の問題を解決することこそ人生の一大事だという境地に至り、後悔を懺悔へと転じ、絶大なる力に帰依することで死者に詫び、自らを救いうると結ばれる。
冒頭部(原文より)
三十七年の夏、東圃君が家族を携えて帰郷せられた時、君には光子という女の児があった。愛らしい生々した子であったが、昨年の夏、君が小田原の寓居の中に意外にもこの子を失われたので、余は前年旅順において戦死せる余の弟のことなど思い浮べて、力を尽して君を慰めた。しかるに何ぞ図らん、今年の一月、余は漸く六つばかりになりたる己が次女を死なせて、かえって君より慰めらるる身となった。
「我が子の死」西田幾多郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
しかし何事も運命と諦めるより外はない。運命は外から働くばかりでなく内からも働く。我々の過失の背後には、不可思議の力が支配しているようである、後悔の念の起るのは自己の力を信じ過ぎるからである。我々はかかる場合において、深く己の無力なるを知り、己を棄てて絶大の力に帰依する時、後悔の念は転じて懺悔の念となり、心は重荷を卸した如く、自ら救い、また死者に詫びることができる。
「我が子の死」西田幾多郎(青空文庫)
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