蒲原有明の生涯と代表作
象徴詩の完成者
- 生没
- 1876–1952
- 出身
- 佐賀県
- Wikipedia
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略歴
1876年(明治9)、佐賀市に生まれる。本名は隼雄。上京して詩作を始め、薄田泣菫とともに明治浪漫詩を代表する詩人となる。1902年に処女詩集『草わかば』、1903年『独絃哀歌』、1905年『春鳥集』、1908年『有明集』を刊行し、日本の象徴詩を成熟させた。難解で複雑な語彙と音の響きを用い、のちの詩人に大きな影響を与えた。晩年は詩作から離れ、評論や随筆を発表した。1952年(昭和27)死去。