槙村浩の生涯と代表作
国境を越えた反戦の詩
- 生没
- 1912–1938
- 出身
- 高知県
- 文学史
- プロレタリア文学
- Wikipedia
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略歴
1912年、高知市に生まれる(本名は吉田豊道)。1931年に日本プロレタリア作家同盟高知支部を結成し、槇村浩の筆名で詩を発表し始めた。1932年に『間島パルチザンの歌』『生ける銃架』などを発表したが、同年4月に検挙され、拷問を受ける。非転向のまま三年の刑に服し、1935年に出獄した。1936年の人民戦線事件で再び検挙され、1937年に重病のため釈放。1938年、26歳で亡くなった。植民地支配と戦争に抗した反戦詩で知られる。