菅原孝標女の生涯と代表作
物語に憧れた少女の回想
- 生没
- 1008–
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略歴
平安時代中期の女性。寛弘5年(1008年)の生まれで、本名は伝わらない。父は上総介・常陸介を務めた菅原孝標、母は藤原倫寧の娘で、「蜻蛉日記」の作者藤原道綱母は母の異母姉(伯母)にあたる。13歳のとき、父の任期が終わって上総国から京へ上る旅に始まり、50歳頃までの人生を回想したのが「更級日記」である。少女のころは物語に夢中になり、上京後、伯母から贈られた「源氏物語」を昼夜を問わず読みふけった。祐子内親王に仕え、のちに橘俊通と結婚して一男二女をもうけたが、夫に先立たれて孤独な晩年を迎えた。「浜松中納言物語」「夜半の寝覚」の作者とも伝えられる。康平2年(1059年)以降に没したとされる。日記は、物語への憧れと現実の暮らしを後年から見つめ直す回想として構成されている。夢や物詣での記事にも、願いと信仰の間で揺れる心が表れる。少女時代の期待から、家族との別れや晩年の思いへ移る語りに、物語を読み続けた一人の女性の生が刻まれている。