ドストエフスキーの名文

ドストエフスキーの作品から、よく知られた一節を集めました。

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地下生活者の手記

わたしは病的な人間だ……わたしは意地悪な人間だ。わたしは人好きのしない人間だ。これはどうも肝臓が悪いせいらしい。

『地下生活者の手記』の書き出し。四十歳の元役人が自嘲と挑発を交えて語り始める、ドストエフスキーの屈折した独白体の幕開け。

――えいっ、諸君、何をいうのだ、問題が表や算術なんてところまで行ってしまって、ただ二二が四だけ幅を利かすようになったら、もう自分の意志も何もないじゃないか?

合理主義への反逆を語る第一部の一節。「二二が四」の動かせない理屈に、人間の気まぐれな意志を対置する地下室の男の論法。

世界が破滅するのと、このぼくが茶を飲めないのと、どっちが一大事かと思う? その答、――世界は破滅しても、ぼくはいつでも茶を飲まなくちゃいけないんだ。

第二部で語り手が娼婦リーザに本音をぶちまける場面。徹底した自意識と利己心を、露悪的に言い放つ一句として知られる。

罪と罰

七月の初め、方図もなく暑い時分の夕方近く、一人の青年が、借家人からまた借りしているS横町の小部屋から通りへ出て、なんとなく思い切り悪そうにのろのろと、K橋の方へ足を向けた。

『罪と罰』の書き出し。ペテルブルグの蒸し暑い夏、屋根裏から出てくる名もまだ明かされない青年の、ためらう足取りから物語が始まる。

僕はただただ次のようなことを暗示しただけなんです。すなわち『非凡人』は、ある種の障害を踏み越えることを自己の良心に許す権利を持っている……といって、つまり公けの権利というわけじゃありませんがね。

予審判事ポルフィーリイに論文の趣旨を問われたラスコーリニコフの答え。凡人と非凡人を分ける彼の思想の核心で、ナポレオンらが例に挙がる。

俺は踏み越すことができるかどうか? 身を屈して拾い上げることを、あえてなしうるかどうか? 俺は震えおののく一介の虫けらか、それとも権利を持つものか……

ソーニャに心の内を明かすラスコーリニコフの叫び。ナポレオンになれるかを試そうとした「踏み越え」の思想が、自問の形でむき出しになる。

しかし、この病み疲れた青白い顔には、新生活に向かう近き未来の更生、完全な復活の曙光が、もはや輝いているのであった。愛が彼らを復活させたのである。

エピローグの一節。シベリアで向き合う二人に「復活」の兆しが差す。長い苦悩の物語が、愛による再生の予感へと開かれていく。

生命はあるんだ! いったいおれはいま生きてないのか? おれの命はあの老いぼれ婆あと一緒に死にはしなかったんだ!

マルメラードフの死に立ち会った帰り道、ラスコーリニコフが生の力を取り戻して叫ぶ。熱にうなされた第二篇の転回点だ。

僕はお前に頭を下げたのじゃない。僕は人類全体の苦痛の前に頭を下げたのだ

ソーニャの部屋で、ラスコーリニコフが彼女の足に口づけしたあとに言う言葉。作品の思想を凝縮した名高い一句だ。

なあに、君、そんなことはどうでもいいんだよ。いい場所じゃないか。もし聞かれたら、アメリカへ行ったと答えときなさい

スヴィドリガイロフの最後の言葉。霧の明け方、火の見やぐらの門に立つ番兵に告げ、「アメリカへ行く」という言い回しが死の暗喩になる。

すぐ、今すぐ行って、四つ辻にお立ちなさい。そして身をかがめて、まずあなたがけがした大地に接吻なさい。それから、世界じゅう四方八方へ頭を下げて、はっきり聞こえるように大きな声で、『わたしは人を殺しました!』とおっしゃい!

苦しむラスコーリニコフに、ソーニャが告げる言葉。大地への接吻という素朴な行いに、罪のつぐないと再生への道が託されている。

ゆがんだ燭台に立っているろうそくの燃えさしは、奇しくもこの貧しい部屋の中に落ち合って、永遠な書物をともに読んだ殺人者と淫売婦を、ぼんやりと照らし出しながら、もうだいぶ前から消えそうになっていた。

ソーニャがラザロの復活を読み終えた場面。消えかけた蝋燭が二人を照らす、作品屈指の象徴的な情景だ。

彼は広場のまんなかに膝を突いて、土のおもてに頭をかがめ、歓喜と幸福を感じながら、そのきたない土に接吻した。

ソーニャの言葉を思い出したラスコーリニコフが、広場で大地に口づけする。自首へ向かう直前の場面だ。

カラマゾフの兄弟 上

美は恐ろしいばかりじゃない、神秘なんだ――それがこわいのだ。つまり悪魔と神が戦っていて、そしてその戦場が人間の心なんだよ。

長兄ドミトリイが弟アリョーシャに胸の内をぶちまける「熱烈なる心の懺悔」の一節。聖と俗に引き裂かれるカラマゾフ的な魂を言い当てる。

ねえ、アリョーシャ、僕は神様を承認しないわけではない、ただ『調和』の入場券をつつしんでお返しするだけのことだよ

次兄イワンが「大審問官」の直前にアリョーシャへ語る反逆の論理の結び。罪なき子供の苦しみの上に築かれる調和を拒む、名高い言葉。

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ドストエフスキー