二葉亭四迷の名文

二葉亭四迷の作品から、よく知られた一節を集めました。

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浮雲

千早振る神無月ももはや跡二日の余波となッた二十八日の午後三時頃に、神田見附の内より、塗渡る蟻、散る蜘蛛の子とうようよぞよぞよ沸出でて来るのは、孰れも顋を気にし給う方々。

言文一致体の嚆矢とされる本作だが、冒頭は江戸戯作ゆずりの雅俗折衷の名調子。退庁時刻の役人たちを蟻や蜘蛛の子に見立て、明治の東京を活写する。

余が言文一致の由来

言文一致に就いての意見、と、そんな大した研究はまだしてないから、寧ろ一つ懺悔話をしよう。それは、自分が初めて言文一致を書いた由來――も凄まじいが、つまり、文章が書けないから始まつたといふ一伍一什の顛末さ。

二葉亭四迷『余が言文一致の由来』(1906年)の書き出し。『浮雲』で口語の文体を切り開いた本人が、その始まりは文章が書けなかったからだと打ち明ける。くだけた語り口そのものが言文一致の見本になっている。

平凡

私は今年三十九になる。人世五十が通相場なら、まだ今日明日穴へ入ろうとも思わぬが、しかし未来は長いようでも短いものだ。

平凡な半生を語り出す口語体の書き出し。言文一致に生涯を賭けた四迷が、晩年に到達した自在な語りの調子を伝える。

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二葉亭四迷