堀辰雄の名文
堀辰雄の作品から、よく知られた一節を集めました。
6件
大和路・信濃路
この春、僕はまえから一種の憧れをもっていた馬酔木の花を大和路のいたるところで見ることができた。
堀辰雄『大和路・信濃路』の「浄瑠璃寺の春」(1943年)の書き出し。妻と訪ねた浄瑠璃寺の門のかたわらで、白い馬酔木の花に出会う。古寺を巡る旅の喜びを、やわらかな一文で開く。
いま、秋の日が一ぱい金堂や講堂にあたって、屋根瓦の上にも、丹の褪めかかった古い円柱にも、松の木の影が鮮やかに映っていた。それがたえず風にそよいでいる工合は、いうにいわれない爽やかさだ。此処こそは私達のギリシアだ
堀辰雄『大和路・信濃路』の「十月」より、唐招提寺の松林で妻に書く手紙の一節。秋の日と松の影が揺れる金堂を前に、ここが自分たちのギリシアだと言う。古代へのあこがれが澄んだ光とともに伝わる。
聖家族
死があたかも一つの季節を開いたかのようだった。
堀辰雄『聖家族』の書き出し。師である作家の死が残された人々に新たな季節をもたらす、という作品全体の主題を一文で予告する。
絹子はそう答えながら、始めはまだ何処かしら苦痛をおびた表情で、彼女の母の顔を見あげていたけれども、そのうちにじっとその母の古びた神々しい顔に見入りだしたその少女の眼ざしは、だんだんと古画のなかで聖母を見あげている幼児のそれに似てゆくように思われた。
母の細木夫人を見上げる娘・絹子のまなざしを、古画の聖母子に重ねた結びの一文。題名「聖家族」の意味がここで静かに響く。
風立ちぬ
風立ちぬ、いざ生きめやも。
ヴァレリーの詩句に由来する、題名にして主題の一句。死を間近にした恋人とのかけがえのない時間を、なお生きようとする意志として引き受ける。
それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に絵を描いていると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たえていたものだった。
「序曲」の書き出し。高原の夏、絵を描く「お前」とその傍らで休む「私」の穏やかな時間が、のちの死別を予感させる透明な光の中に描かれる。