風立ちぬ(堀辰雄)のあらすじ・登場人物
高原の療養所で過ごす二人
- 詳細なあらすじ
- 人物相関図
- 恋愛
- 文字数
- 54,758字
- 読了目安
- 約1時間50分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 長野県
この作品について
堀辰雄の中編で、1936年(昭和11)から1938年にかけて断続的に発表された。作者自身の婚約者との体験が下敷きになっている。題名はポール・ヴァレリーの詩句「風立ちぬ、いざ生きめやも」(堀辰雄訳)から取られた。語り手の「私」は、病を得た婚約者の節子とともに、八ヶ岳の麓の高原にあるサナトリウムで過ごす。静かな文体で、高原の季節の移ろいと二人の日々が描かれる。
あらすじ
「私」は、絵を描く婚約者・節子と高原の夏を過ごしていたが、節子の病が篤くなり、二人は八ヶ岳山麓のサナトリウムへ入る。重症患者の多い療養所で、死の影に囲まれながらも、「私」は節子とともに過ごす一日一日に、これまで知らなかった生の輝きと幸福を感じ取ろうとする。医師から告げられる余命、少しずつ弱ってゆく節子、それでも澄んでゆく二人の心――「私」は、この死に隣り合った時間のなかにこそ本当に「生きる」ことの意味があるのだと、リルケの「鎮魂歌」に導かれながら見つめ続ける。やがて節子を看取ったのち、「私」はひとり雪深い山間の村の小屋にこもり、失われた愛のなかで自らの生をかみしめる。雪明りの谷に灯る自分の小屋の明かりを眺めながら、「私」は、思っていたよりもずっと多くのものに支えられて生かされている自分に、静かに気づいてゆくのだった。
登場人物
- 私 小説家。婚約者・節子の療養に付き添い、死に隣り合う日々のなかに生の意味を見つめる
- 節子 私の婚約者。絵を描く。胸を病み、高原のサナトリウムで療養する
- 節子の父 娘の身を案じ、二人の結婚を見守る
- 院長 サナトリウムの医師。節子の病状を私に告げる
人物相関図
章ごとの「詳細なあらすじ」
アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。
- 一 この作品について
- 二 主要人物
- 三 主要なサブキャラクター
- 四 序曲──薄の原と「風立ちぬ」
- 五 春──婚約とサナトリウムへ
- 六 風立ちぬ(一)──死に隣り合った幸福
- 七 風立ちぬ(二)──死の影と物語の構想
- 八 冬──ノオトと二度目の喀血
- 九 死のかげの谷──雪の山小屋とレクイエム
- 十 重要な設定と伏線
冒頭部(原文より)
それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に絵を描いていると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たえていたものだった。そうして夕方になって、お前が仕事をすませて私のそばに来ると、それからしばらく私達は肩に手をかけ合ったまま、遥か彼方の、縁だけ茜色を帯びた入道雲のむくむくした塊りに覆われている地平線の方を眺めやっていたものだった。ようやく暮れようとしかけているその地平線から、反対に何物かが生れて来つつあるかのように…… そんな日の或る午後、(それはもう秋近い日だった)私達はお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、その白樺の木蔭に寝そべって果物を齧じっていた。砂のような雲が空をさらさらと流れていた。そのとき不意に、何処からともなく風が立った。私達の頭の上では、木の葉の間からちらっと覗いている藍色が伸びたり縮んだりした。それと殆んど同時に、草むらの中に何かがばったりと倒れる物音を私達は耳にした。それは私達がそこに置きっぱなしにしてあった絵が、画架と共に、倒れた音らしかった。すぐ立ち上って行こうとするお前を、私は、いまの一瞬の何物をも失うまいとするかのように無理に引き留めて、私のそばから離さないでいた。お前は私のするがままにさせていた。 風立ちぬ、いざ生きめやも。
「風立ちぬ」堀辰雄(青空文庫)
末尾部(原文より)
それほど私にはその何もかもが親しくなっている、この人々の謂うところの幸福の谷――そう、なるほどこうやって住み慣れてしまえば、私だってそう人々と一しょになって呼んでも好いような気のする位だが、……此処だけは、谷の向う側はあんなにも風がざわめいているというのに、本当に静かだこと。まあ、ときおり私の小屋のすぐ裏の方で何かが小さな音を軋しらせているようだけれど、あれは恐らくそんな遠くからやっと届いた風のために枯れ切った木の枝と枝とが触れ合っているのだろう。又、どうかするとそんな風の余りらしいものが、私の足もとでも二つ三つの落葉を他の落葉の上にさらさらと弱い音を立てながら移している……。
「風立ちぬ」堀辰雄(青空文庫)
名文
風立ちぬ、いざ生きめやも。
ヴァレリーの詩句に由来する、題名にして主題の一句。死を間近にした恋人とのかけがえのない時間を、なお生きようとする意志として引き受ける。
それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に絵を描いていると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たえていたものだった。
「序曲」の書き出し。高原の夏、絵を描く「お前」とその傍らで休む「私」の穏やかな時間が、のちの死別を予感させる透明な光の中に描かれる。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。