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おみな(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

母を憎み女に惚れる男の独白

  • 心理
  • 恋愛

坂口安吾 1935年(昭和10年)12月 「作品」

文字数
5,424字
読了目安
約11分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

1935年、雑誌『作品』に載った坂口安吾の小品。母を「あの女」と呼んで憎み通した少年期の記憶から語り出し、なぜか好きになる女がみな母に似ているという不思議へ進む。友人の母とのやりとり、かつて関係のあった女とその娘との再会を挟み、語り手は「悲しさ」をめぐって「貴殿」に食ってかかる。小説とも告白とも評論ともつかない、飛び跳ねるような語りが特色。

あらすじ

語り手は、母を愛したことはなく「あの女」でしかなかったと言う。九つの頃、出刃庖丁を振り上げて追いまわしたこと、暗い物置へ閉じ込められたこと、荒れた海へ貝を採りに行かされたことなどが、母との記憶として語られる。ところが近頃、好きになる女がみな母に似ているのに気づき、これを何と解けばよいのかと自問する。友人の母は、女は働くのではなく男の魂を高めるための装飾であるべきだと語り、別の友人の母は夫を後悔し続けた末に憎んでいた。「モナリザの眼、聖母の乳房を畏れるうちは」何も始まらないと語り手は叫ぶ。家出した人妻と暮らしていた中山道の宿場に、女が棄てた娘が訪ねてくる場面を回想し、語り手は少女を面倒に思いながらも別れ際の感傷に絡め取られる。やがて語り手は、読者に突っ込まれる幻の「貴殿」に反論しながら、女に惚れて別れた後に何をやりだせばよいのかが分からないと嘆いて終わる。

冒頭部(原文より)

 母。――為体の知れぬその影がまた私を悩ましはじめる。  私はいつも言いきる用意ができているが、かりそめにも母を愛した覚えが、生れてこのかた一度だってありはしない。ひとえに憎み通してきたのだ「あの女」を。母は「あの女」でしかなかった。

「おみな」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 女に惚れる、別れる、ふられる、苦しむ、嘆く、そんなことは実はどうでもいいことなんだ。  惚れるも易い、別れるも易い、また悲しむも易かろう。けれど、女に惚れ、女に別れたあとで、さて、何事を改めてやりだせというのだ? 友よ、何を改めてやりだしたらいい? 言ってみろ! 畜生! 俺がそれを知っていたら、誰がくそ一々放埓に結びつけて、こんなセンチメンタルな悲哀なんぞを感じるかというのだ!

「おみな」坂口安吾(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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